第八十三幕
直弼様が世継ぎとなってから一度も彦根に帰らないままもうすぐ5年になろうとしている。僕はというと最初の一年間を彦根で過ごして次の一年は直弼様の側にいたが、直弼様としては彦根が心配という事で僕を名代として彦根に送る事が増えた。
そのため一年間のうちのほとんどを彦根で過ごし、報告と用事がある時は江戸に僕が出向く形が定着した。
僕が彦根城内の廊下を歩いていると
「貞治様、こちらの書類のご確認をお願いします。」
藩士から書類を受け取り執務室に向かって歩いていると呼び止める声が聞こえた。大量の書類が山積みに持っている僕からは声の主が見にくく困っていると山積みの書類の半分が急に目の前から消えた。その先には僕が持っていた書類を持った三浦殿が立っていた。
「貞治殿、何度も言ってますが書類など廊下で受け取らずに執務室に運ばせなさい。それに直弼様の名代なのですからもっと堂々とされるべきです。藩士に威厳を見せましょう。」
三浦殿は勘定奉行と離れた領地の奉行もされていたりと忙しい方だが彦根城でお会いする事も多く、その度に色々と注意を受けている。別に嫌味とかではないし、三浦殿の言う事が正しすぎて反論の余地もない。
「あはは、すみません。藩士と交流する事も僕の仕事だと思ってるので立ち話をしてたら呼び止められる事が多くなってしまい。
一緒に届け物を受け取り出したらこの始末ですよ。
お恥ずかしいです。」
「ま、まぁ私も直弼様に家臣を大事にされよと申し上げている立場なので、家臣と交流するなとは言いませんがもう少し人をつけるなどして貞治殿が直接持たないようにされるなどの対策をとられた方がよろしいのでは?」
「そうですね、僕の用事を聞いてくれる藩士を探さないとですね。」
「秋山や谷にでも言いつければよろしいのでは?」
「善八郎も鉄臣も忙しいですからね。」
「弘道館で講師でもされるか学問所でも開いて門徒を増やすなりされればどうですか?岡本殿に頼めばいくらでも門徒は集まりましょう。」
「半介も忙しいですし、彼の場合は僕への評価が高すぎて重圧が凄いんですよね。それに気になる事もありますし・・・」
「直弼様に対して敬意が感じられない所ですか?」
「半介は僕に対して評価が高いので、なぜ僕が直弼様に従っているのか不満なようです。直弼様の凄い所も話してはいるんですがあまり効果がなくて。
僕の学問所ができたとしてその門徒はおそらく半介の一派になりますから直弼様の反対勢力になりかねませんからね。」
「側付きに私の信頼できる者を送りますよ。
とにかく、一人でできる事など限られてますから。
人にも任せながら適度にお休みをとってください。」
「了解しました。お心遣い感謝します。」
僕が頭を下げると三浦殿が
「それではこちらの書類をお運びするのを手伝います。
ひとつ、ここではできない話しもありますから。」
三浦殿はそう言って歩き出した。あまりよくないニュースでない事を願いながら僕も続いた。