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大罪人ー井伊直弼と共に生きた男ー  作者: Making Connection
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第八幕

僕が紙に向かってうなっていると、後ろに誰かの気配を感じて振り返った。

鉄三郎様が戻ってきたのかと思ったが、立っていたのは三十代後半くらいの身なりのきれいな男性だった。弘道館で学問を教えている先生だろうかと思ったがそういうわけでもなさそうだ。向こうはなぜかにこにこしながら近づいてくるだけで何も話さなかったので、

「あの、どちら様でしょうか?」

男性はふっと笑って

「そなたは蘭学に通じておるらしいな。

この本を読むことはできるか?」

男性が差し出した本はなかなかに厚みのある本だったが手に取って表紙の題名を見て僕は驚いた。『オランダ式戦闘術』直訳だから正式かはわからないがこんな本を堂々と持ち歩いている人はそうはいない。

「不躾な発言で申し訳ありませんが、このような本をよく知らない相手に見せるのはあまりよろしくないかと思います。

鎖国の中で他国の戦闘方法が記された本などをお持ちだとよからぬ考えを持つ者と疑われかねないと思います。」

「ふむ・・・・・・・」

男性は満足げに顎をさすりながら、僕を見て

「して、本の内容を翻訳する事は可能か?」

「今すぐには無理ですし、私も主君に確認をとらねばなりませんのでこの場では回答いたしかねます。」

「なるほど忠義にも厚いのか。」

男性はさらに満足そうに見えた。僕が口を開こうとしたところで僕の前に人が割り込んできた。突然の事だったし、僕よりも背が低かったのであまり視界に入っていなかったのも気づかなかった要因だろう。

割って入ったのは鉄三郎様だった。鉄三郎様は勢い良く頭をさげ、

「申し訳ありません、直亮(なおあき)様。

この者はつい最近、私が招いた蘭学を知る若者でして、直亮様のお顔を存じ上げていなかったのでございます。何か無礼はありませんでしたでしょうか?」

直亮とは鉄三郎の兄で現在の藩主だとわかり、僕も勢い良く頭を下げた。

「失礼いたしました。」

直亮は笑いながら、

「何も無礼ではなかったし、逆に我身(わがみ)を守るために教えてもらった事もある。

蘭学書とはいえ、内容がわからぬのに持ち歩くのは危険だな。」

鉄三郎様は僕が持っている本を見てから

「この者が蘭学に通じるものと知ってお話しされておられたのですか?」

「脇に会ってな。

少し興味深い話を聞きだしたので、この者に会ってみたかったのだ。

別に危害を加える気もないし、従者を奪いたいわけでもないから安心せよ。」

「して、いかがでしたでしょうか?」

鉄三郎が聞くと直亮は満足げに

「優秀な人材だと思う。

良ければ、私の購入した蘭学書の翻訳を頼みたいのだがかまわないか?」

「江戸まで翻訳したものを運ばせるのですか?」

「期限を決めず、翻訳ができたら私に手紙を出せ。

信用のおける者に直接取りに来させるとしよう。」

「承知いたしました。そのようにいたします。」

「では頼んだぞ。」

直亮はそう言って、歩き出そうとして僕の方に振り返り、

「そうだ、若者よ。

お主、目標を考えていたな。」

「えっ?はい・・・・」

なぜ知っているのかと思ったが答えると、直亮は楽しそうに笑いながら

「彦根藩の偉い人間の顔を覚える事を目標にすればいい。

私ほど友好的な者は珍しいからな。」

直亮が笑い声をあげると鉄三郎が

「ところで直亮様。

一つ伺ってもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「なぜ、参勤交代の江戸滞在期間なのに彦根藩にお戻りになられたのですか?」

「父の月命日に墓参りがしたかった、そう言ったら信じるか?」

「そのような事情で帰藩を許されるとは思えません。」

「京へ行く重要な用事があったのだ。

そのついでに少し寄っただけだ。」

直亮はそう言って手を振って出て行った。

「すまぬな、直亮様が彦根藩に帰ってきていると伝言があり、急いで出迎えに行こうとしたら脇殿が弘道館に行ったと教えてくれて、探し回っておったのだ。」

「こんなこと言っていいのかわからないのですが、つかみどころのない方ですね。」

「私も同意見だ。」


直亮が鼻歌交じりに歩いていると、高齢の男性が近寄り

「いかがでしたか?」

「例の蘭学者の少年は実に有望そうだった。

蘭学書の翻訳を依頼したぞ。」

「では、わざわざ彦根に来られた甲斐(かい)はあったのですね。」

「それ以上だ。

鉄三郎が実に優秀な弟だという事がわかっただけで十分な収穫だな。」

「養子案件ですか?」

「・・・・・・それも悪くない、だが・・・・・」


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