第七十四幕
直弼様が退室して僕と直亮様が部屋に残った。
「何かお考えがあるんですか?」
僕が聞くと直亮様は笑いながら
「深い考えは特にはないな。あるとするなら直弼が藩主になった時に藩政を行う上で問題が少ないようにしておこうと思うが、それも簡単に用意した箱庭に案内するよりも自分でそこに辿り着けるようにしたいとは思う。まあ、正直に言うと試練を与え続けないといけないっていうプレッシャーを感じているのはあるな。」
「愛情が伝わらない親子みたいですね。」
「ふん、うるさいな。俺たちとしては学校の教科書に載ってる井伊直弼という人物を色んなイメージで持っているわけだが、それをもっとすごい人物にしたいと思ってしまうんだよな。育成ゲームみたいな感じだな。」
直亮様はキャラクターのレベルをどんどん上げるために経験値を直弼様に与えようとしているようだ。
「直亮様はどんな藩主になって欲しいという育成プランみたいなのはあるんですか?」
「俺は別に歴史に詳しいわけでも政治に詳しいわけでもない。
だから、歴史に名前を残す人物がどんな人なのかとか良い政治とは何かとかわからないからどんな風に育成するべきかなんてわからない。ただ、こういう上司からの無茶ぶりとか上司が無能だから困るみたいな経験をさせておくと反面教師にして『こうならない』とか『どうすればいいのか』とかを考えてくれればいいなとは思うな。俺も高校生とかの時にこの時代に来たから別に上司のパワハラにあったわけでもないからこんな感じかなとかそんな中でやってることだから俺の行動が最適なのかはわからないけど、暴君を演じてあからさまにダメな感じを出しているが、家臣の反応とか見る限りでは反発してる奴らもかなりいるみたいだ。
彦根藩に戻って、そういうやつらを直弼派に仕立て上げてもらうために今回彦根に戻って欲しいなと思ってる。まあ、ゆくゆくは直弼が主流になって俺に引退を迫ってきてくれれば隠居してゆっくりできるんじゃないかなとは思ってる。早く引退したいな。」
「まだまだお若いじゃないですか?」
「現代とかなら50代もまだまだ若いんだろうが、この時代ではどんな病気で死ぬかもわからないから元気なうちにのんびりしたいなとは思う。それに諦めていた想いも藩主じゃなくなれば我慢する必要もないからな。」
「どなたか好きな方でもおられるんですか?」
「ははは、この年で男同士で恋バナするのも変な感じだな。まあ、誰かは言わないが彦根に残してきた人はいる。あの人がどう思っているのかとかもあるし最低な男だったから側にいてくれるとも限らないけどな。」
「自己犠牲が半端じゃないですね。後悔している事とかはないんですか?」
「もっと子供の頃から勉強したり何かに一生懸命になっとけばよかったとは思ったな。
勉強で得られる知識なんて何が役に立つんだって思ってたけど、知ってたら役に立つ事だってあるしその知識を基に新しい事を作り出していけたりもする。あとは現代でしかできなかった仕事や趣味もあっただろうし、現代で一緒に過ごすはずだった人がいるっていうのも悲しいとは思う。
後悔がないわけじゃないけど、現代で生きていたから幸せだったとか江戸時代に来たから不幸だったなんて話にはならないと思う。だから、貞治にはこの時代で幸せになったと思う生き方をしてほしい。
まあ、奥方とかもそろそろじゃないか?気に入ってる人がいたら言えよ。暴君が権力で何とかしてやるからな。」
直亮様は冗談ぽく笑った。こんなに色々と考えて色々と気を回して動き続けている人が報われない社会というのはどうかと思うし、本人が望んでそうしているのだから僕が何とか言える話ではない。
それもわかってはいるが直亮様の努力を本当に理解してくれる人が増えてくれたらいいなと思わざるを得なかった。




