第七十三幕
少し時は遡り・・・・・・
-江戸彦根藩屋敷の直亮の部屋-
「直弼が身の回りに気の置ける友人を置きたいと思う気持ちもわからないではない。
だが、問題点もある。そのため簡単には要望を通すわけにはいかない。」
直亮様が言った。直弼様がそれに対して、
「問題とはどのようなものですか?」
「直元の周りに側近を置いた結果、怠惰と堕落の生活を送りあのような事になったというのがある。
仲の良い者がそばにいる事は精神的な支えになるというのはわかる事ではあるが、その反面としてなれ合いから藩主たる人格に悪影響を及ぼしていたのではないかと思ってしまったわけだよ。
直元と直弼はそもそもが違うといえばそれっきりの話ではあるが、同じ環境になれば同じ様にならないとは言い切れない。」
「では、数を限定して頂いてもいいのですがいかがでしょうか?」
「ふむ、他にも問題はある。
藩主の仕事っていうのは、江戸での仕事以外にも藩内の仕事もある。逆に藩内の仕事は信頼のおける者に任せる事が大切になってくるから藩に信頼のおける者も置いておかなければいけない。
それなのに信頼をおける者を周りに置きすぎると藩に必要な人材が足りなくなるし、現場を理解している者が必要になる。そこの問題も解決しないといけない。」
「僭越ですが、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
僕は黙って聞いていたが、ここではじめて口を開いた。直亮様が
「いいだろう、何かいい案を思いついたという事だな?」
「信頼のおける者も大名と同じように江戸と彦根を交代で行き来してはどうでしょうか。
彦根藩の事も知っていないといけないし、江戸の事情にも精通していれば藩政にも良い影響があると思います。何より現場の意見をしっかりと直弼様にお伝えできるというのもありますし、直弼様の側近が藩政にかかわっている状況というのが藩士としても安心できるのではないでしょうか?」
「なるほど、それでは藩士と良好な関係を築く事ができる者でなおかつ政策にも通じた有能な者を選んで行かせる事になるな。直弼はこの案でよいか?」
直亮様が聞き、直弼様が
「はい、私もその案に賛同です。」
「よし、わかった。では、現在の状況から彦根藩に最初に向かうのは貞治という事になるな。
今後は彦根から来た者の中から直弼が選んだ者が向かう事になると思うが、今はそばにいるのが貞治だけだからな。ただ、私も貞治には頼みたい仕事があるから何年も彦根にいてもらうと面倒が多いな。
貞治にはとりあえず1年くらいで彦根藩内での信頼を得られるように頑張ってもらう事になるだろう。
その後の者に関しては直弼の裁量で年月を決めてよいものとしよう。
何か問題はあるか?」
「貞治ですか・・・・、いえ問題はありません。」
直弼様は少し考えられたようだが、妥協点としては仕方ない所だと思われたのか受け入れられた。
「貞治、申し訳ないが彦根藩での政務の代理を任せても良いか?」
「はい、直弼様が藩主になられた時に不備が出ないように人脈作りも頑張りますよ。
何かあればお手紙を下さい。」
「ああ、よろしく頼む。」
直弼様が珍しく僕に頭を下げた。いつも対等な関係を持ってくださっていたから頼み事をされる時も軽い感じだったけど今日は少し違ったようだ。
こうして僕の彦根藩いきが決まった。




