第六十八幕
江戸城での謁見を終えてから数日間で直弼様の生活にも色々と変化があった。
直亮様が事前に僕に言っていたように少し直弼様へのあたりが厳しくなったように感じる。
直弼様からすれば理不尽に冷遇されてしまっているので、心を痛めている部分もある。そんな中で江戸に来る前に江戸での過ごし方などを教えてくれた犬塚下記が直弼様のもとに訪れた。
この犬塚という人物は直弼様が埋木舎にいた時に生活費などの手元金が足りていなかった時に直亮様との仲介役を担った人物であり、同時に直亮様からの信頼も厚く側役を務め続け評定目付役なども兼任し、用人格・側勤評定役を任されるほどの人物である。評定所というのは現代でいうところの最高裁判所のように訴訟を処理したり、政策の立案をする国会のような役割を担っている機関である。彦根藩の評定所においてその暴走などを防ぐ監視役が目付役となっている。
直弼様も江戸での生活の中で信頼している人物である。その犬塚さんの来訪を直弼様も喜んでいた。
結構すごい人なのに怖い感じもない親しみやすい人物である。
「犬塚殿、直亮様は私に対してどのようにお考えなのでしょうか?直亮様の側近としての視点から犬塚殿のご意見を頂けたらと思います。よろしくお願いします。」
「直弼様、世子となられて色々と変化があったために戸惑われている事と思います。直亮様は正直私にも何を考えておられるかわからない所があります。ですが、私が理解できていないだけですべての行動に何かしらの意味があると思っています。今後も理解できない事や今までの慣習的な状況で直弼様がご理解いただけないような行動をされる事もあるとは思いますよ。」
「直亮様の行動に意味があるとして私への態度は理解ができないんですけど。」
「まあ、細かい事は気にせずに今は流れに身を任せた方がよろしいかと思います。
藩屋敷の方達にも直弼様の庶子だった頃からのご苦労を皆わかっていると思いますし、皆が直弼様に期待しておりますのでご辛抱をして頂けたらと思います。
きっと報われますから。」
「そうですか、犬塚殿がそうおっしゃるのなら頑張ってみます。」
「ありがとうございます。では私は彦根での仕事もありますので、これで失礼いたします。
そうだ、こうして直接会った事も内緒にしておいてくださいね。直亮様に不満を持つ藩士も少なからずおりますので、私が直弼様に取り入ったなどと噂になるとお家騒動にもなるかもしれませんから。」
「はい、また何か困ったら書面でご相談させてください。」
「ええ、お待ちしておりますよ。それでは失礼します。」
犬塚殿は僕に軽く会釈して部屋から出て行った。




