第六十一幕
「と、まぁこんな話があるわけだよ。」
直亮様はそう言って続けて、
「次男の代わりに藩主の世継ぎとなった亮俉は後に元服し、『亮』の字とその家に代々伝わる字を合わせた元服名を名乗ったわけだ。」
僕は今までの話とさっきの話を合わせてこの二人の言いたい事をくみ取った。
「直亮様のお話しだったと言う事で間違いありませんか?」
「まぁ、確認は大事だからな。
この時代になぜ現れたのか、なぜ自分だったのかと考えた事は数えきれないほどあった。弁之助と共に過ごし救われた事や救えなかった事もたくさんあった。
もしもあの時に現代の医学的な知識があれば弁之助という正統な後継者が井伊家を継ぐことができたのではないかとな。
人が生きるために本当に必要な知識を学ばせない教育に何の意味があるのかと遥か過去の時代に来て思うとは想像すらしてなかったよ。」
「直亮様が代わりとなった事に後悔などはなかったんですか?」
「後悔か・・・・、ああ1つだけあるな。」
「それはなんですか?」
「どれほど愛する女性を見つけても、その女性との間に子を作る事ができなかった事だ。
直中様は好きにすれば良いって終始いっておられたが、井伊家の血が通ってない俺の子供が藩主となり、その後も嘘を隠して続いていくのかと思ったらなんか申し訳なくなってな。
結局、どれだけ愛してくれた女性がいても最後にはきつく当たって自分から離れていくようにするしかなかった。貞治の知るところで行くと村山たかも俺の愛した女性のひとりではあったな。」
「たか殿もそうだったんですか。直弼様のところに来られてますね。」
「まあ、そんな話もあるが話がそれているな。
直元に話を戻すが、そもそもの話として俺は誰が井伊直弼になってもいいと思っていた。
兄弟の中から優秀な者を選んで直弼とすればよかったわけだが、直元にはそれができなかった。
直弼と元服名を決めた時点で直元には死んでもらう事になったわけだ。」
「他に方法はなかったのですか?」
僕が聞くと直亮様は少し暗い顔になり、
「井伊直弼が日本の歴史を変えると知っている俺からすれば、直弼を藩主にしないという選択肢はないし、直元が増長していなければ廃嫡もありえたがこれもなくなったからな。」
「直弼様に秘密にしなければいけない理由は何なんですか?」
「貞治は直元と直弼の母親が同じ富の方だという事を知っているか?」
「えっ、そうなんですか?」
「この時代では兄弟であっても母親が違う事はよくある事だが、あの二人の母は彦根御前と呼ばれた父の直中がとても大事にした女性だったわけだ。まあ、二人に直接の兄弟という感覚はないと思うので特に気にする事もないとは思うのだが、言い方は悪いが暗殺によって次期藩主になるとわかると直弼に悪影響を及ぼす事があってはいけないから秘密にしておこうと思っている。」
「わかりました。僕の役割は何ですか?」
僕は色々な状況を理解して役割があるから江戸に呼ばれたのだと思って聞いた。
「我々の中から人を出すと暗殺の疑いが強まってしまうから、江戸にいないはずの貞治に頼みたい。
もちろん現代人の貞治に暗殺を頼むのも間違っているとは思う。
だが、殺害さえしてしまえばあとは藩主の権限で病死にできるから頼む。」
「わかりました。僕もこの時代に来て10年以上になりますからある程度の覚悟はしています。」
「よろしく頼む。詳細はまた後日、指示を出すことになる。」
「直亮様、そろそろ戻られたほうがよろしいかと。」
木俣守康が言い、直亮様もうなずき
「では、指示があるまで待機していてくれ。」
直亮様はそう言って守康殿と一緒に帰って行った。




