第六十幕
とある藩屋敷の奥の一室で暮らす大名の病弱な次男と突然どこからともなく現れた謎の男『亮俉』。
寝たきりで動けない次男のために亮俉は色々な話をした。亮俉自身もその存在を隠していたので外に出ることもできなかったので二人は色んな話をしたり聞いたりして過ごしていた。
そんなある日、次男の世話役の守康が慌てて次男の部屋に入ってきた。
「若、大変です!
お兄様が亡くなられました。また、お父上様もの色々あったようでとてもお気持ちを落とされているようです。」
「その色々とは?」
次男が聞くと守康は言いにくそうに
「実は屋敷の女中が不義を行ったために処罰されたところ、その不義の相手がお兄様だったらしいのです。
子が産まれていたらお世継ぎになっていたかも知れないとの事です。それ以前にしっかりと確認していればとの思いもあったのかもしれません。同時に起こった事ではなかったために追い討ちをかけるようにお兄様の死がお辛いようです。」
「なるほど、兄上は私ほどではなかったが自由に動き回れたというほどでもなかったから近くにいた女中に手を出してしまっていたという事はあり得るな。
それなら被害者はその女中という事か。」
次男がそう言った瞬間だった。ふすまが開き、高そうな着物を着た男が入ってきながら、
「その通りだ。一時の感情により尊い命を奪ってしまった。
弁之助、お主には辛い思いをさせる事になるかもしれないがお主に世継ぎとなって貰う事になってしまった。
うん?そこの者は初めて見るな?」
「父上、申し訳ありません。」
弁之助は次男の名前だった。そして部屋に入ってきたのは大名である父親だった。父親は
「良い。それよりその者は?」
「申し訳ありません、このお屋敷に迷い混んだ記憶を失っていた青年です。若と同い年で若の話し相手になって貰おうと私の独断でこちらに住ませておりました。」
守康が頭を下げて謝った。次男は慌てて
「いえ、違います。守康は私のわがままを聞いてくれただけなのです。処罰は私がお受けいたします。」
父親は困ったように次男と守康を交互に見て、
「別に処罰するなど言っておらんだろ。
だが、ふむ・・・・・・」
父親は何かを考え出した。それを見た次男が
「どうかされましたか?」
「いや、実は幕府の中で私に敵対的な立場の者達によって弁之助が世継ぎとなったわけだが、お主の体調を考えるならそれは酷な話だ。おそらく相次いで世継ぎを失った者として私の評価を落とそう等と考えているのだろうが、私はそんな評価に興味はない。
だからどう思われようがかまわないがそれで弁之助まで失っても良いとは思ったいなかった。
そこで、その者に代わりに弁之助となって世継ぎのあれこれをやって貰ってはどうかと思ったのだ。
幸い、弁之助の顔を知る者はこの屋敷の中にも少ない。
弁之助が元気になればすぐに元に戻せば良い話だし、弁之助も守れて奴らの鼻もあかせるなら一石二鳥であろう。
そこのお主、名はなんという?」
「亮俉ともうします。」
「どのような字だ?」
亮俉は紙に自分の名前を書いて見せた。父親は字を見てうなずき「良し、では一文字とって弁之助の元服名をつけよう。
お主は弁之助の影武者となることに異存はあるか?」
「いえ、若様には誰かもわからない私を助けて頂いたご恩がありますので、お役に立てるなら喜んで協力させて頂きます。」
「それでは今日からお主が弁之助だ。
弁之助、お主は早く体が良くなるように養生せよ。
そして亮俉と共に藩主になるための勉強もしておけ、良いな?」
「承知しました。」
「では亮俉、また使いの者をよこすので準備をしておけ。」
父親はそう伝えると部屋を後にしたのだった。
その後、今まで姿すら見せたことのない次男が健康体でがっしりたした体型の男が世継ぎとして世の中に出た時には大きな衝撃を受けた者達がいた。そして、亮俉が世継ぎの代役になった二年後の春、弁之助は亮俉や守康に見守られながらその短い人生を終えた。




