第五十七幕
直弼様と長野主膳との会合が終わった後も国学の授業を直弼様は受けていた。
僕も同席させてもらう事があったが学校の授業で聞くような話ではない日本の歴史を聞いているのが楽しかったし、違う角度から歴史を見ているのも楽しかった。
少し偏った見方をしているなという印象を受けるときもあったが僕なりに楽しんでいた。
ある日、僕が岡本半介・谷鉄臣の二人に蘭学の授業をしに行った時に二人から
「例の長野主膳という国学者はどうなのですか?」
半介の問いに僕は首をかしげて
「どうと言われても困るかな。そもそもが育ててきた畑が違うからね。
僕には僕の見方があって価値観があるように長野殿には長野殿の価値観があるから一概に批判する事も否定する事もできないかな。」
「貞治様が長野殿に蘭学を教える事もあるのですか?」
鉄臣が聞いてきたが
「それはないかな。僕が直弼様に英語の授業をしていても近くにいる事すらないからね。」
「でも貞治殿は長野殿の授業を聞かれているのですよね?」
半介の言いたい事もわかるが僕も勝手にお邪魔しているだけで特に許可を得ているわけでもないので、長野主膳に僕の授業を見られても困るように感じる。
「まあ、特に招待する程の授業ができるわけでもないからね。
それに緊張してしまうかもしれないから出来たら遠慮してもらえている方が気楽でいいかな。」
「直弼様はどうなのですか?国学の影響を受けすぎると蘭学の方に身が入らないという事もないのですか?」
半介が言う。僕が
「直弼様の場合は、長野殿の主張と僕の考えを両方比べてどう思うかといった感じの話をされる事が多いかな。どちらかを批判したりするんじゃなくて立場や見方が違えば、そのずれがどのように生まれるのかなどの考察を楽しんでおられる感じもあるかな。
もちろん僕と二人の時にやられている考察なので長野殿がこのことを知ってはいないんだけどね。」
「直弼様はどんな場所を目指して生きておられるのですか?常に武芸や学問を絶やさずに精進をされているのは何か目指すところがあるからなのでしょうか?」
鉄臣の疑問も当然の事であるし、僕からすれば幕府の大老になる人は若い時から他の人よりも努力を絶やさなかったからなれたのだと思うが、それを説明する事も難しいなと思っていると半介が
「直亮様と嫡子の直元様が不仲だという話を聞いたのですが、それは関係があるのでしょうか?」
確かにあの二人は仲が良くないし、直元に関しては直亮様の弱みを探っているくらいだから不穏な噂に直弼様が巻き込まれるのも仕方がないがここで肯定してしまうのもいけないと思い、
「まあ、もとはご兄弟なわけだし生まれてくる順番が逆なら今の立場も逆になるくらいの関係性だからね。そこはお二人の問題だから直弼様は関係ないよ。
直弼様が研鑽を続けるのも自分が成長するのが楽しいからだろうしね。
その姿勢はすべての人が模倣しみんなで高みに進んでいけたらいいよね。」
「我々も精進します。」
半介も直弼様に劣らずの努力家であるからこの言葉には力がこもっていた。