第五十五幕
僕が埋木舎に向かうとすでに日は沈んでいた。
直弼様と長野主膳が対面してからかなりの時間が経っている。
長野主膳の人柄がいまいちわからないので話が盛り上がっているのかが想像できない。
ただ、直弼様は長野主膳が書いた『かつみふり』という著書を読んで勉強もされていたので、その部分についての質問などで直弼様を中心に盛り上がっている可能性は捨てきれない。
藩主の直亮様からの手紙によると長野主膳との関係性には注意しないといけないらしいので少し急いで向かった。僕が埋木舎の門をくぐり茶室に向かうと中は静かなように感じた。
僕が戸を叩いて中に入ると直弼様がお茶をたてて皆さんに振舞っていた。
お茶を出されている時は亭主というお茶を出す人がお茶をたてている時は静かに待つものなので静かだったようだ。僕は静かに末席に加わった。
直弼様は全員にお茶を出し終えると僕に向かって
「直亮様からのお手紙は緊急のようだったのか?」
「翻訳の要件でしたね、新しい本が入ったらしいので報告がてらって感じでしたね。」
「脇殿は翻訳を担当する程、外国語に精通されているんですか?」
長野主膳が聞いてきた。この時代でしかも藩主から直接依頼されてやっているので能力が高いと認定されたのだろう。直弼様が
「翻訳の完成度が高いという事で他の大名の方からもたまに依頼されるくらいなんですよ。
あとは読み書きだけでなく話す事もできるのでとても優秀です。」
直弼様としては部下をほめているだけなのだろうが、国学者としてはどのような思いなのだろうかと思っていると、長野主膳は
「話す事ができるというのは凄いですね。それは外国の人とも話されているのですか?」
自分で話せると言って適当に話しているのではないかという疑惑だろう。当然の疑いだなと思っていてると直弼様が
「江戸にいた際にオランダ人の方とお会いする機会があり、その時に貞治が通訳をしてくれて向こうの方も驚かれているくらい会話ができていましたよ。」
「ほう、それは凄いですね。直弼殿も英語を習われているのですか?」
長野主膳が聞き、直弼様が
「ええ、貞治と比べてしまうとまだまだですがかなり話せるようになってきてますね。」
僕はこのまま話の中心が僕である事はまずいかなと思ったので、
「所で直弼様と長野殿はどのようなお話をされていたのですか?」
「主膳殿に弟子にして頂く事が決まったところだったよ。
話を聞く限りでとても興味深かったし学ぶ事が多そうだと思ったから。」
「いやいや、直弼殿の学問に真摯に向き合う姿勢には脱帽です。
今まで多くの門下と向き合ってきましたが、これほど真剣な人に出会ったのは初めてでしたので私の持てる知識すべてでがご教授できたらと思います。」
とにかく二人は良好な関係を築き、師弟関係を結んだようだ。
その後も二人は様々な話をしながら終わりの見えないお茶会が続き、鶏の鳴き声が聞こえ空が明るみだすまでお茶会は続いたのであった。