第五十三幕
西村孫左衛門が三浦北庵先生と長野主膳を埋木舎に連れてきたのは日が落ちてからだった。僕は玄関で三人を出迎え
「ようこそお越しくださいました。
井伊直弼様の従者の脇貞治と申します。」
長野主膳に向かって自己紹介をすると三浦先生が
「彼は優秀な蘭学者でもあるんですよ。
和歌などは苦手なようですが剣術や砲術に関しては直弼様に次ぐ実力者なんですよ。」
僕の追加情報を言って貰えて誉めても貰えたが、国学者が蘭学者に対してどのような印象を持つかは人それぞれだ。
敵対的な立場をとる人も中にはいる。長野主膳の様子を見ると
特に関心が無いような顔で
「ほう、蘭学者ですか。
直弼様は噂には聞いてましたが、色々な知識に貪欲であるようですね。知識を得ることは重要な事です。
脇殿もお若いように見えるのにご立派ですね。」
「お褒めにあずかり光栄です。
まだまだ未熟者ですので今後も精進せねばと常々おもっております。」
どうにもお世辞を言っているようにしか聞き取れなかったがここで対立するようなことは直弼様にとって良くないと思い差し障りのない言葉で返した。
「それでは・・・・」
僕が案内をしようとした所で一人の若い男が走り込んできて、
「失礼致します。
彦根藩家老の西郷家の者でございます。
脇貞治殿はご在宅でしょうか?」
「脇貞治は自分ですが、いかがされましたか?」
「失礼致しました、藩主・直亮様からの書状が江戸より届きまして、貞治殿に直接お伝えしたい事がございますので、当家へお越しいただきたく。」
「なるほど、そうですか。
孫左衛門、三浦先生と北庵先生を直弼様の元にご案内してくれるか?」
「承知しました。
貞治様の事もご説明した方がよろしいですか?」
「ああ、そうだな。
和歌の会から逃げたと思われたくないから直亮様の手紙について西郷殿の家に行ったと伝えてくれ。」
「承知しました。」
僕は三浦先生長野主膳の方に向いて
「すみません、急用が入りましたので引続き孫左衛門に案内を任させて頂きます。
では、急ぎますのでこれで失礼します。」
僕はそう言って西郷家の使いの者と一緒に西郷家に向かった。