第四十六幕
「直弼と貞治が江戸にいた時に少し話した大名家の話を覚えているか?」
「はい、亮吾という謎の男が現れた話ですよね?」
「そうだ、病弱な次男は床に伏したまま男と色々な話をした。
日本という国について、亮吾の知っている知識について、そして自由に動き回れるという事がいかに当たり前ではないという事まで話していた。
生まれつき体の弱い次男は思いっきり走り回る事も散歩する事も難しかったために亮吾の話は新鮮で新しい発見の連続だった。
何より次男が気にしていたのは亮吾がこの時代では知りえない知識を持っていた事だ。
当然、自分が健康な体になる方法も聞いてみたが亮吾には医学の知識はなかったので解決には至らなかった。
亮吾は日本の鎖国が終わり、色んな外国が日本に訪れる事や幕府の終焉までもを予想した。
これは予想と言われているが亮吾からすれば、それはすでに決まっているかのように話したという。
もちろん次男もその世話役の守康も信じはしなかった。
何を馬鹿な事を言っているのかと一笑にふしたそうだ。
あまりに荒唐無稽な話だったが、彼らは亮吾の持っている知識について学ぶ事が多く、同時にその知識のもとに語られた話が本当なのではないかと思うようになった。
次男と亮吾、そして守康の三人が共に過ごす時間は増えていき、そして多くを学ぶ中で亮吾の話に現実味が出てきた事で次男と守康は亮吾に聞いた。
『日本を開国する人物とはだれか?』とな。」
「その亮吾という人物は答えたのですか?」
「亮吾は自分も詳しくないと前置きをしたうえで『井伊直弼』だと答えた。
次男と守康はかなり驚いたが、彼らの知る人物の中には『直弼』という名の者はいなかった。
そこで次男と守康、そして亮吾も理解した。彼らの知るいる時代はまだ『井伊直弼』が生まれていない時代だという事を。そして亮吾は不確かな記憶から『井伊直弼』の最後も語った。」
「直弼様の最後・・・・ですか?」
「貞治に言う必要もないだろう。
まあ、次男と守康はその話も踏まえてある決意をした。
井伊直弼の最後を変える事だ。歴史を変えるという事になるかもしれないが、時代遅れの鎖国という制度によって日本が他国に侵略される可能性を考えるなら直弼という人物の重要性は誰がどう見ても必要な存在だった。亮吾は最後まで歴史を変える事には反対の立場だったが、今後生まれるだろう『井伊直弼』をより完璧な偉人にする事により次男と守康の意見を受け入れる所で折り合いをつけた。」
「ちょっと待って下さい。その予言があった事を直亮様はご存じで直弼様に元服名をつけられたのですか?」
「貞治はどう思う?
他の兄達でもなく直恭でもなく、直弼にその資質を見出したと考えるか?
それとも『井伊直弼』は時代に必要とされなるべくしてそうなったと思うか?」
「私には何とも言えません。
ですが、直亮様が以前に直弼様に試練を与えているという話を聞く限りでは直亮様はご存じだったのではないかと思います。」
「ふむ、それでは次までの宿題としよう。
私はなぜ直弼に名を与え、試練を与えるのかという宿題だ。
答えを教える事はたやすい、しかし与えられた答えなど今後の貞治の人生には何の価値もない。
自分で出した道標に沿って貞治には生きてほしいと私は思っているからな。
悪いがこれから急ぎで江戸に戻るのでな、次に会うまで答えを用意しておけ。」
直亮様はそのまま立ち上がって部屋を出て行った。
僕が部屋を後にすると廊下で義父と出会った。一緒に並んで歩いていると老人が複数の人を引き連れて門の方に向かうのが見えた。直亮様の側近の老人だとわかったので義父に
「あの方はどなたですか?」
「うん、ああ・・あの方は私と同じで家老の木俣守康様だ。
直亮様が御幼少のころから世話係をされていた方で、直亮様が最も信頼されている人だよ。」
「守康?」
僕は先ほどの話で出てきた名前と一緒だと思った。神君といわれる徳川家康にちなんでつけられた名前でよくある名前だったり、家によっては元服名に必ず入れる文字をのようなものがある。
井伊家なら『直』の字が必ず入れられるようなものだ。同じ名前の人だってきっといるだろうが先ほどの話を聞いた後ではあの話に関係あるのではないかと思ってしまった。




