第四十五幕
天保11年の正月、珍しく藩主の直亮様が彦根に戻られていた。
幕府内でも要職に着かれているのでなかなか正月に戻られる事は珍しかった。彦根にいる井伊家の方々と対面され直弼様ともお話になった後で別に僕だけが呼ばれた。
直亮様は少しニヤニヤしながら僕を迎えて
「直弼について、とても面白い試みをしているようだな。」
「志津殿の事ですか?」
「まぁ、今後はどこかの大名家や幕府の偉い家の娘などを正室にとは思っているが、それは政略の話だからな。
直弼が共にありたいと思う女性がいるというのは良いことだと思う。本人的には上手くやれていると聞いたが、貞治から見てどう思う?」
「最初こそぎこちない感じでしたが、今は仲良くされてます。」
「夜の方はどうだ?」
直亮様の言いたいこともわかる。井伊家の血筋を残すと言う意味では部屋住みの直弼様であっても井伊家であることには違いない。直亮様も正室とは仲良くされているようだが、子供がいないので弟の直元様を嫡子とされている。
最悪の場合を想定して血筋を残すために直弼様に子供ができることも考えているのだろう。
「幾度かはあるのだと思いますが、そんな無粋な話を聞くつもりもなかったのでわかりませんね。」
「無粋か・・・・。
直弼には既に聞いてしまったからな、その配慮はなかったと謝っておいてくれ。」
「直弼様に聞かれたのになぜ私にも同じ質問をされたのですか?」
「武士は見栄と虚勢でできている。
まぁ、直弼はそうではないがこんな感じの話なら盛って来てもおかしくないかと思ったのだが、まさか貞治も知らないとは余計に楽しくなってきたな。」
「そうですか。
それよりもお聞きしたい事がございます。」
「なんだ?」
「モリソン号事件についてです。」
「ああ、直弼も気にしていたよ。
あれは水野忠邦殿が対処されたよ。
キリスト教の布教者でないことを確認の上で日本人の送迎に感謝し礼として銀の塊を渡した。
こちらが一時的に攻撃してしまった事への謝罪も込めて大きな塊だったらしい。
こちら側の歴史的な事情を英語を話せる者に少し誇張して伝えさせると納得して貰えたらしい。」
「誇張して・・とは?」
「江戸の始まりにキリスト教の布教者か先導して日本を侵略しようとしてきた事件があり、キリスト教の布教者に対して警戒感を持っている。以前も貿易目的と称して日本に来てキリスト教を布教しようとした者がいたため、こちらは強硬姿勢になっているとかなんとかだな。」
「その程度で信用して貰えたのですか?」
「送り届けてくれた者達がプロテスタントだったのが良かったな。カトリック信者ならそう上手くも行かなかっただろう。
まぁ、未だに宗教改革の余波として対立があったおかげというのもあるだろう。」
「直亮様はキリスト教の歴史にもお詳しいのですか?」
「まぁ、私も習ったことがあると言うことだ。
さて、ではこちらの話も聞いて貰うとしよう。」
唐突に直亮様が言った。僕は少し身構えて聞こうと思った。
次はどんな問題があるのかわからなかったからだ。