第四十四幕
「直弼様って完璧な人って印象があったのですが、女性が弱点だったんですね。」
岡本半介が言った。今日は岡本半介と谷鉄臣が僕の授業を受けに来ていた。
屋敷内に見た事もない女性がいた事をきっかけに今回の事を説明した結果の半介の発言だった。
「いや、弱点というほどでもないんだけどね。
実際に他の女中の方達には普通に接しておられるし、志津殿が特別と考えた方が良いかなと思う。」
「それでうまくいっているのですか?」
鉄臣が聞いてきたので、僕は苦笑いを浮かべて
「直弼様に用事があるときはできるだけ志津殿にお願いしているのだが、お互いにぎこちない感じはあるな。
まあ、もう少ししたら慣れて打ち解けてくれるんじゃないかなと思うけどね。」
「藩主の弟という立場ですが、足軽の家の娘が相手でも大丈夫なのですか?」
半介が言った。半介も家老家の人間だから家格を気にしているのだろう。現代日本で生まれた僕は正直にいうと家柄とかそんなものを気にしていなかった。今になって思うと少し考えが足りていなかった気はするが今さらだと思い、
「身分にとらわれる前に当人同士の想いを大事にするべきではないかと僕は思う。
確かに政略結婚が多いけど、その中でもしっかりと相手を大事にできる人の方が家が栄えるんじゃないかと思うんだよね。例えば、豊臣秀吉公は地侍から太閤まで出世した人だけど、正室の北政所様の事を生涯大事にされたし、内助の功があったとも言われている。確かに側室もおられた訳だけど奥さんを大事にするって大事な事なんだよ。」
「家族を大事にすれば、それに応えるように家臣も一致団結するという感じですか?」
鉄臣が言い、僕はそこまでは考えてなかったけど先生としての立場もあったので強がってしまい
「そういう事だね。家臣も結局は家族みたいに大切にしないと信頼してもらえないし、大事な時に助けてもらえないなんて事になりかねないからね。」
「それでその志津殿に直弼様に対する思いみいたいなものはあるのですか?」
「志津殿の兄の善八郎の話では全くないという事もないと思うんだ。
最初に会った時も直弼様の身分とか話してなかったけどいつも以上に照れてる感じだったらしいしな。
余計なおせっかいもこの辺にしてあとは二人が上手くいくことを願うしかないけどね。」
「直亮様にはご報告しているのですか?」
半介が聞いてきたが
「まだそこまでは考えてなかったな。
ちょっと聞きたい事もあったから西郷殿にお手紙を書いて間接的に伝えてみようかな。」
「何かあったのですか?」
鉄臣が心配そうに聞いてきたが話せる内容でもなかったので、
「単純に翻訳の仕事で本が傷んでいたので読めない部分があったという報告をしたいのとどうするべきかなって感じかな。前後の内容で補完するか、それともその部分を除いた分で完成としていいかを聞きたかったんだ。」
適当に言ったが、実にそれらしいことが言えた気がする。モリソン号事件について西郷殿から聞いた話に進展があったのか、時代の動きはしっかりと把握しておきたい。
「ところで、今日は何の授業が良いかな?」
僕は話をそらすためにも授業の内容について話を振った。確かにそう急に直亮様に確認を取らないといけないと思った。