第四十幕
「岡本殿、お待たせしました。」
僕は彦根藩家老の岡本家の屋敷を訪れていた。
岡本半介殿が僕に蘭学を習いたいと申し出てきて直弼様に確認したところ許しが出たため今日は初授業となっていた。
「半介とお呼び下さい。
私は貞治殿に師事する者ですので。」
「そうですか・・・・。それで、そちらの方は?」
僕は半介殿の後ろに控えていた人の事を聞いた。
「ああ、鉄臣ご挨拶しなさい。」
「はい。はじめまして私は谷鉄臣と申します。
この度、半介様から一緒に蘭学を学ばないかとお声がけを頂き貞治様にご指導をお願いしたく参りました。」
「ああ、医学を学ばれているそうですね。
僕は医学にはあまり詳しくないのですが、英語の本であれば翻訳できるのでいつでも言ってください。」
「ありがとうございます。
多くの事を学べるように努力します。」
鉄臣が言い、半介殿が
「それではよろしくお願いします。」
「わかりました。でも、どのような授業をすれば良いですか?
お二人が学びたいことがあれば言ってください。」
「そもそも外国の情勢はどうなっているのでしょうか?
国学などを学んでいると外国の方が進んだ文化を持っているとよく耳にします。」
半介殿が言い鉄臣も
「西方医学は学ぶべき事で溢れていると聞きます。」
「そうですね。日本は島国ですからどうしても進んだ文化を取り入れるのに時間がかかります。
船での往来にはどうしても危険が隣り合わせとなりますし、何より危険をおかしてまでたどり着いても鎖国政策により入国もできない国もあります。
現在、日本は中国や朝鮮、ヨーロッパではオランダとしか交易をおこなっていませんから、文化を受け入れる入り口がとても狭いです。ヨーロッパの中でも進んでいるのがイギリスという国で産業だけでなく軍事力にも長けています。
異国船打払令がありますが今となっては愚策ですね。
つい最近も問題がありましたから、見直さなければいけないと思います。」
「それはイギリスという国に敵対すれば日本が侵略されるという事ですか?」
半介殿が聞いてきた。僕は言葉を選びながら
「必ずしもそうなるとは言えませんが可能性は高いです。
例えば、半介殿のご友人がいわれのない攻撃を受けて負傷したら半介殿はその攻撃を加えた者と仲良くしようと思いますか?」
「しないですね。」
半介殿は短く答えて続けて
「外国の船がすべて悪と決めつけて攻撃してはいけない、それでは無用な争いを生む可能性があるということですね。」
「そうですね。例えば海で遭難して何とかたどり着いたと喜んだ矢先に攻撃を受けたら?遭難した日本人を親切に送り届けてくれた船が急に攻撃されたら?
どちらの場合でも日本に対する印象は最悪で、報告するときにさらにひどい目にあわされたと報告されれば日本は潰すべき国になってしまうと思いませんか?」
「確かにそうですね。」
半介殿と鉄臣が声をあわせて言った。
「侵略目的や略奪目的で訪れる外国もあるかもしれません。
なので、攘夷という考え方は否定しませんが節度としっかりとした対処方針を決めた上で友好的な者を受け入れ、敵対するものだけに牙を向けるべきだと思います。
そうしなければ、敵国を排除する力もないままに負けてしまうでしょう。
すべてがすべて学んだ文化に染まるのではなく、日本にあった文化や生活を豊かにする技術を取り込んでいくことは重要な事ですね。」
「なるほど、勉強になります。」
半介殿が言い、その後も外国の文化について聞かれる事に答える形で授業が進んだ。
まるで直弼様の書物の書き方のようだと僕は心の中で思った。




