第四幕
「え~と、まずは何から教えればいいんでしょうか?」
鉄三郎は服を着直すと、さっそく蘭学を教えて欲しいと言って来た。
だが、蘭学とは何かを僕自体が知らないため何を話せばいいのかもわからなかった。
鉄三郎は目をキラキラと光らせて、
「何でも良い。
金城が知っていることを教えてくれ。」
脇殿が呆れたような顔で鉄三郎に向かって、
「鉄三郎様、そのように言っては本当に何を話せばよいかわかりませんよ。
そうだな、日本は外国から見たらどの場所にあるのだ?」
「え~と、この時代では確かアメリカはもうできてるけど、ヨーロッパの方が中心だったよな。
え~とですね、日本から見て西側にあるヨーロッパ州が文化的にも技術的にも進んだ国になっていて、イギリスという国がその中でも力を持ってますね。
そのため、ヨーロッパを世界の中心として語るなら日本は極東と呼ばれています。」
「なんと、この国は東の果ての国なのか?」
鉄三郎はとても驚いている。現代の日本からすればアメリカが他の国よりも目立っているとはいえ、世界の中心と呼ぶほどに突出しているわけでもなくなってきている。
鎖国体制下の日本においては詳しい情報も入ってきていないのかもしれない。
脇殿が
「日本が東の果てにあるとは思えんな。
そうだ、地図を描けるか?」
そう言って、紙と筆を渡してきたので、
「正確には難しいですけど・・・・・・・。
できました。」
僕は大雑把に6大陸と3海洋を書いた地図を見せた。
「金城、どこが日本だ?
この真ん中の大きなところか?」
「いいえ、それはユーラシア大陸という所で中国やロシアなどの大国や小さな国々がたくさん、この大陸の中にあるんです。
そして、日本はこのユーラシア大陸の東の果てにある、この島が日本です。」
「何?日本はそんなに小さいのか?」
脇殿も驚いている。僕は続けて
「はい。そしてユーラシア大陸の西側がヨーロッパです。
イギリスやフランス、ドイツにオランダもこの地域にあります。」
「なるほど、オランダはヨーロッパという所にあったのか。
だから蘭学書はとても進んだ技術などが載っているのだな。」
鉄三郎はとても感心しているようだ。脇殿が
「いや、待てよ。
長州や薩摩の方では異国船に対して攻撃を加えているとの話もある。
確かその異国船の中にはイギリスの船もあったはずだ。
金城の言う通り、イギリスが世界の中心にいるなら日本の立場は大変なことになるのではないのか?」
「そうですね。確か、その反撃にあったことにより長州や薩摩は密貿易をしてイギリスの武器とかを手に入れて討幕運動を起こしたんだった・・・・・」
僕はかなりヤバいところまで話してから失敗に気づいた。僕はこの時代のかなり未来から来ているから幕府が滅びて明治維新が起こった事も知っているが、この人達からすれば幕府が滅ぼされることも知らないし、倒幕運動がある事も知っていたか怪しい。
「長州や薩摩が倒幕だと?」
脇殿が僕を睨みつけて言った。
「あっ、いや、今のは僕の予想というか・・・・そのなんて言えば・・・」
鉄三郎は真剣な顔で
「金城殿、本当の事を教えて欲しい。
あなたはどこから来たのだ?薩摩や長州の密偵か?」
考えた。だが、この場を誤魔化せるような言い訳は思いつかない。だからと言って、『僕は未来から来ました。』なんて言えるはずがないし、言っても信じてもらえないだろう。
僕の沈黙に対して、脇さんが腰に下げていた刀を握る。
僕は覚悟を決めて、
「たぶん信じてもらえないと思うんですけど、僕は未来から来たんです。
今が西暦何年なのかわからないから、どれくらい未来なのかはわかりません。
でも、僕が知っている歴史の話では江戸幕府は滅びています。」
「なっ、そんな馬鹿げた話を信じられるわけないだろう。」
脇さんの手に力が入る。鉄三郎は落ち着いた様子で
「なぜ、江戸幕府は滅んだのだ?」
「僕も歴史は得意じゃなかったので詳しくはわかりません。」
「・・・・そうか。
薩摩や長州は江戸から遠く離れている。
藩主は江戸におるが、本国でどのような藩政が行われていても、それを幕府の人間が知る事は難しいだろう。
それに日本の歴史を見返しても幕府が永遠に続く事はなく、次の支配者によって新たな政治体制が生まれてきている。
『神君』と呼ばれた徳川家康公が作った江戸幕府も年々その力は弱ってきている。
生まれては滅びる。それがこの世の理なのかもしれんな。」
「鉄三郎様、この者が言う事を信じるのですか?」
「脇殿、刀から手を引きなされ。
金城殿の奇妙な格好もなぜこの屋敷の庭に突然現れたのかも、彼が未来から来たのなら納得がいくと思わないか?」
「例え、そうであったとしても今すぐに何とかしなければならないではありませんか。
幕府が滅びるというならそれを防ぐための算段を建てねばなりません。」
脇殿の言う事は正論だと思う。僕の言っていることを信じてもらえるのは嬉しいが、でもそれがわかったならやらなければいけない事はたくさんあるだろう。
「金城殿・・・」
鉄三郎に呼ばれて鉄三郎を見ると、真剣な顔で
「今後、もし何か知っている事があっても私達には言わないで欲しい。
私達が死ぬことになったとしても、それは私達の運命で決まっていた事だ。
金城殿の助言を得れば回避できる危機があったとして、それを私達が自力で回避できなければ意味はないし、そなたの知っている未来が変われば、そなたが消えてしまうかもしれない。
どのような事象が起きて、そなたが過去に来たかは私には到底理解できないが、私達のためにそなたが消える危険を冒す必要はない。」
鉄三郎はとても真剣な顔で僕を見ている。彼が誰で、彼に何か起こるとしても歴史が得意でもない僕は彼の運命は知らないだろう。そんなことを考えていると、鉄三郎は笑顔になり、
「金城殿、イギリスという国について教えてくれ。
とても進んだ国であるという話だが、具体的には日本とどう違うのだ?」
「えーと、イギリスは地図でいうとユーラシア大陸の左端のこの島を含む場所になります。
産業革命といわれる蒸気を使った機械工業が発達していて、日本のように手作業では作れないほどのたくさんのものを生産する事ができます。」
「蒸気でどうやって物を作るのだ?」
脇殿が不思議そうに聞き、僕が
「詳しい仕組みとかは僕にもわからないのですが、石炭を燃やして発生させた蒸気の力を使って歯車を回したり重い物を持ち上げたりすることによって動力を得ているのだったと思います。」
僕はその後も鉄三郎と脇殿の質問にわかる限りで答えていった。