第三十七幕
直弼様と僕が近づくと同年代らしき青年二人が汗を拭っていた。
弘道館では見かけた事がないなと僕が思っていると直弼様が
「精が出ますね。
良ければ私も混ぜてくれませんか?」
「えっ?本気ですか?」
僕が聞くと直弼様は笑顔で
「遠目だったけど中々の使い手に見えた。
強い人とは戦ってみたいじゃないか。」
少年マンガの主人公なのかな?とツッコミたかったけど、この時代では通じないかなと思ってやめた。すると青年の一人が
「別に構いませんが、我々は別に強くもありません。
なので、必死に修練しているわけです。」
直弼様は向上心のある人が好きだ。常に色々な事に挑戦している直弼様がかなり好きそうな言葉をしれっと言ってしまったこの青年は大変だなと僕は思った。
「それでは一戦お願いしよう。」
直弼様が竹刀を受け取り構えると青年が
「私は彦根藩士・小西貞徹と申します。
あなたは?」
「ああ、名乗るのを忘れていましたね。
彦根藩先代藩主・直中の息子の直弼と申します。
今は部屋住みですので、一切の遠慮は要りません。」
小西と名乗った青年は少し動揺を見せたが立て直して
「では、行きます。」
掛け声と共に小西が直弼様に打ち込んでいった。
お互いに激しく竹刀を打ち合わせている横でもう一人の青年が僕に駆け寄ってきて、
「あのすみません、私は彦根藩士・秋山善八郎と申します。
あの方は本当に直弼様なのですか?」
「そうですね。私は直弼様の従者で脇貞治と申します。
すみません、直弼様は興味を持たれるとすぐに行動に移される方なのでご迷惑おかけします。」
「い、いえ、そんなことは・・・」
秋山という青年はしばらく直弼様と小西の打ち合いを眺めてから
「すごいですね、貞徹とまともに打ち合ってまったく息が上がってない。私ならもう降参したいくらいやってますよ。」
「ああ、直弼様の相手はほぼ毎日してますけど、こんなくらいじゃ終わりませんよ。
それにしても小西殿は凄いですね!
僕も従者なので直弼様に合わせようと頑張っているのですが、自然と打ち合ってます。」
「我々は足軽の家系なので体力には自信があります。正直藩主様の家系の方がここまでできるとは思ってませんでした。」
僕と秋山青年はしばらく一緒に打ち合いを眺めていた。
二人の試合は一進一退の攻防の末に直弼様が居合いの業で小西殿の竹刀を弾き飛ばした事により決着した。
僕は手拭いを持って直弼様に近づき声をかけた。
「とても楽しそうでしたね。」
「彼は凄いな。貞治以外でここまで付き合ってくれたのは始めてかも知れない。
小西殿、とても良い腕前だった。もう一戦いけますか?」
弾き飛ばされた竹刀を拾って小西殿に渡していた秋山が驚いて
「えっ?あれほど動かれていたのにまだ疲れてないんですか?」
小西殿は秋山から竹刀を受け取って
「こちらからももう一度お願いしたいと思ってました。
次は負けません。」
僕は二人に水を渡して秋山青年を呼び、
「なんか似た二人のようなので、巻き込まれないように離れていましょう。代わりにやってみろと言われても疲れますから。」
「た、確かにそうですね。離れましょう。」
直弼様は小西殿がかなり気に入ったようだし、僕は直弼様と小西殿の試合を一緒に見ながら雑談していた秋山青年を気に入った。
二人の試合は夕暮れ近くまで続き、直弼様が二人を今度は埋木舎に呼ぼうといったので僕が住所などを聞いてわかれた。
直弼様の稽古の相手が他にも見つかり僕としてはとても嬉しい出来事であった。