第三十六幕
善利川のほとりを直弼様と歩いていた。
彦根は元々は佐和山城を中心として栄えていたが、彦根藩二代目藩主・直孝の時に彦根城を作ったらしい。
直孝は日本全国から色々な植物を取り寄せて彦根の城下町に植えたらしい。城に入る佐和口のところにあるいろは松は土佐から取り寄せた松でできているらしいし、彦根城の築城に伴って善利川も流れを変える工事をしたらしい。
その時に植えられたけやきの木が並んでいるところまで来ると直弼様が
「貞治、貞治の時代にもこれらの木々は残っているのかな?」
僕は彦根に住んでいたわけではなかったので、わからなかったので、そのまま答えた。
「さぁ、どうでしょうか?
僕の住んでいた場所ではなかったですし、行った事もありませんでしたからね。」
直弼様は一本のけやきの木に手を当て、
「もう二百年近くこの場所にあるそなたは何を見てきた?
何を聞いてきた?貞治の本来の時代までそなたはこの場で見守り続けるのか?」
何かとても含みのある言い方だなと思った。何か悩まれているようにも見えた。
「何か悩みごとでもあるのですか?」
僕は勢いで聞いてしまった。直弼様は木におでこを当て、
「貞治がこの時代に来てもう五年になる。
でも、一向に貞治をもとの時代に返せる手だてが見つからない。
貞治は何も言わないが、やはり帰りたいと思っているのではないかと思ってな。」
「あ・・・・、ありがとうございます。
でも、大丈夫ですよ。
僕も帰りたいと思ってはいますが、諦めてる部分の方が強いです。僕の時代でもタイムスリップは解明されてないどころか存在自体が怪しいものでした。
実際にこの身で体験するまでは空想だと思ってたくらいです。
だから、無理に帰ろうとは思ってませんし、直弼様との暮らしも悪くありません。
郷に入れば郷に従え、住めば都って感じですね。」
「そうか・・・・・・・。
貞治はがそう言うなら、私も考えるのをやめておこう。」
直弼様がけやきからおでこを外し、
「ずっとこの場所で私や貞治を見守ってくれ。」
そう言って一本のけやきの木をポンポンと叩いた。
「何かご利益があるんですか?」
「貞治、信じるものは救われるだぞ?」
「そ、そうですね。」
正直に言うと神も仏信じていなかったが直弼様は色んなお寺や神社に行かれてるので一応話を合わせた。
そこに『バシッ、ビシッ』という音が鳴り響いた。
音のなった方を見ると善利川の近くで竹刀を打ち合わせている二人が目にはいった。ケンカかなと思ったが二人は離れると一礼をした。どうやら稽古だったようだ。
なんとなく僕と直弼様は近づいて見ることにした。