第三十五幕
「脇貞治殿ですか?」
直弼様と散歩に行く事になり、埋木舎の門の所で立っていると声をかけられた。
「はい、そうですが。あなたは?」
「これは失礼いたしました。私は彦根藩藩士の岡本半介と申します。脇殿が優秀な蘭学者であると父からきいており、ぜひぜひ、教えを頂けないかと思い、訪ねさせて頂きました。」
青年は目をキラキラさせて言ってきた。この時代の人はいまいち年齢がわかりづらいので、僕と直弼様が23歳になったのに対して目の前の岡本殿がいくつかわからなかった。
時代背景的には年上の人が年下の人に学ぶ事は少なくない。
生まれた家の特性や学びたい事の種類によっては専門知識を持ってる人を選べない場合などがあるからだ。
まずは年齢を確認する事にした。
「岡本殿はおいくつですか?
目上の方となるとこちらも対応を変えさせて頂きますので。」
「今年26になります。脇殿よりも年上ですが、教えて頂けるのであれば年齢はいっさい気にしていただかなくて大丈夫です。」
「なるほど、わかりました。
一度、私が仕えている直弼様に確認を取らせて下さい。
勝手に決めて良いか判断ができませんので。」
「承知いたしました。
では、家老の岡本家までお手紙を下さい。
あと、できればで良いのですが私に教えを頂けるなら共に学ばせたい者がおります。」
「弟君とかですか?」
「いえ、彦根藩内の医者で谷と言う者がおります。
その息子です。年は18になると思いますが医学を学んでおりまして蘭学の知識も得ればより優秀な医者になれるのではと私が勝手に思っております。」
「そうですか。直弼様の許可が出れば一人でも二人でも大差はありませんので大丈夫ですよ。まぁ、直弼様なら許可も頂けると思います。」
「ありがとうございます。
では、所用がありますので私はこれで失礼します。
お手紙お待ちしております。」
岡本殿はそう言って帰っていった。
少しすると直弼様が来られた。
「待たせてすまなかった。
貞治の父殿が気軽に出歩くなとうるさくてな。
貞治も共に行くと言ったら、後で話があると伝えろと言われたぞ?」
「ああ・・・、そういえば直亮様からの翻訳の仕事が溜まってますね。お義父上のお話を聞く時間がないな~。」
「それは自身で伝えてくれ。」
「まあ、そうなりますよね。」
直弼様は僕の冗談が通じるので、笑ってくれるが本当に脇殿に伝えても本当だと信じるかもしくは言い逃れに直亮様を使った事がバレて怒られるかのどっちかになるだろう。
僕は思い出して
「そういえば、先ほど家老の岡本家の半介殿という方が来られて蘭学を教えてほしいと言われました。
いかがですか?」
「良いのではないか?
別に私に確認をとらなくても貞治が嫌でなければ受ければ良いと思うぞ?」
「あっ、そうなんですね。
嫌ってほどでもないですね。」
「まぁ、貞治は蘭学者ではないがこの時代に来て私の側にいる理由として名乗って貰ったに過ぎないからな。
その役職をどう使うかは貞治次第と言った感じだな。」
「わかりました。岡本半介殿はご存じですか?」
「優秀な人だとは聞いてるが、攘夷思考があると言う話も聞いた事があるな。蘭学を学ぶ理由の方に注意した方が良いかもしれないぞ。」
「承知しました。」
僕と直弼様は並んで散歩に出発した。




