第三十三幕
埋木舎内廊下
僕が歩いていると後ろから「脇殿!」という声が聞こえてきた。義父が来ているのかと思っていると、一人の男が僕の前にきて、
「脇殿、すみません少しお時間を頂けませんか?」
ここで僕は自分も脇という名字になっていた事を思い出して、
「すみません、いつも下の名前で呼ばれているので自分が呼ばれていると思ってませんでした。
え~と、どちらさまでしたか?」
申し訳ないが見た事もない人だったので聞いた。
「申し訳ありません、私は彦根藩士の加西精八郎と申します。
直弼様に居合についてご教授させて頂いているものでございます。」
「ああ、そうでしたか。
すみません、最近は直弼様が色々な事を学ばれてるのでついていけない所などもあり、関係者を覚えきれてなくて。それで、どうかされましたか?」
「脇殿もお忙しいとお聞きしております。
そんな中聞いて頂きたい事がありまして・・・・」
「ああ、貞治とお呼びください。僕の方が年下ですし脇家の養子になってますが、特に偉いわけでもないので。」
「そうですか?では、貞治殿とお呼びします。
それでですね、貞治殿。
実は直弼様の事なのですが、居合を教えさせて頂いているのですが直弼様の修練が進みすぎて私が教えられる事がもうなくなってきてましてどうすればいいのかと悩んでおります。
禅の修行もされておられるので精神集中もできてますので奥義の習得も進んでいます。
私はどうすればよいでしょうか?」
真剣な悩みだなと思った。正直に言うと僕も英語の授業や外国関係の話をしているときに直弼様の吸収力の高さに驚かされる部分がある。
「そうですよね。直弼様って一を教えたら十の事を学ばれるくらいの感じしますよね。
僕も同じような悩みを持っていた時があります。
ただ、直弼様は学ぶことも重視されてますが誰に学んでいるのかも重視されてると思います。
僕が教える事がなかった時もただ雑談を楽しんでくださいました。
共にいる時間を楽しんでくださる方です。
逆に学ぶこともありますし、その時その時に求められる忠告も違います。
だから求められる事をお応えできるように自分も精進しておけばよいのではないでしょうか。」
「なるほど、確かにそうかもしれませんね。
お話しできてよかったです。」
「いえ、お役に立ててよかったです。
僕も機会があれば居合を教えて頂ければ嬉しいです。
好きな漫画でやってて少し憧れてる部分があったりするので。」
「まんがというのが何かわかりませんが、私でよければいつでもお声がけください。」
この時代の人に漫画の話をしてしまったのはミスだったなと思ったが、自分だけだと思っていた悩みを他の人も持っていた事が少しうれしい感じもあった。
加西さんは僕にお礼を言って帰って行った。




