第三十二幕
清凉寺の縁側に座禅を組んで直弼様と並んで座っている。
なんでこうなったのかと言うと、従者として直弼様の行く所に付いて行かなければいけないと強く思ってしまったことが原因である。正直、現代にいた頃は正座をした事もなかったし長時間座っている事もなかった。
清凉寺は井伊家の菩提寺として歴史のあるお寺で、直弼様は13歳くらいから通われているらしい。
直弼様はかなり禅に通じていて名前を聞いても僕ではわからないがかなり偉いお坊さんに教えてもらっていたらしい。曹洞宗という宗派のお寺で道鳴禅師という人達に学んでいるらしく、今も23代目的な感じの二三世の仙英禅師という人に習っている。
縁側に座っているのはただ単に天気が良かったからという理由だけだが、正直に言うと眠たいだけで何かを学んでいるというよりは僕は日向ぼっこをしているだけだった。
座禅が終わり、直弼様が縁側から離れていくと仙英禅師様が来て、
「まことに直弼様の集中力には驚かされるばかりです。
出家されて当寺に来られるなら、ぜひ私の後継にしたいとすら思いますよ。」
「あはは、直弼様が出家されてしまったら僕が無職になっちゃうじゃないですか。」
僕が冗談で言うと禅師様も笑いながら
「では、直弼様と一緒に来られて坊主になられればよいではないですか?」
「でも、直弼様には武士としてやって頂きたい事もありますから・・・」
僕が真剣に言うと、禅師様が
「まあ、そうでしょうね。
あの方は坊主となり人を導くのではなく、武士としてこの国を導く方が向いていると私も思います。」
「禅師様は直弼様が今後どのような人生を送られると思いますか?」
「直弼様が部屋住みをされているからと言って今後も続くとは限りません。
あれほどに努力を欠かさない方なら生まれる時代がもう少し早ければその実力で成り上がる事が出来ていたでしょう。いわば、時代という名の箱に無理やり押し込まれてしまっている状態なんです。
そんな状態にありながら彼からは昇竜のように駆け上るような雰囲気を感じます。
おそらく近い将来に転機は訪れるでしょうね。」
「禅師がそういわれるならそうなのかもしれませんね。」
禅師は何やら含みがある笑みを浮かべて
「あなたの活躍が直弼様の将来を変えるとも私は思っていますよ。」
禅師はそういうとそのまま離れていった。
僕は首をかしげるしかできなかった。




