第二十九幕
とある大名家の江戸屋敷。
そこの更に隔離された場所にこの大名家の次男の部屋があった。離れというには離れすぎていて、別の屋敷なのではないかと言われる建物だった。
この家の長男も体が弱かったが歩くこともできたし長時間座っている事も出来た。
だが、次男は歩くことも難しく、年のほとんどを布団の上で過ごしており、誰もこの次男に期待を寄せていなかった。最低限の世話をする者と家老家から出された後見人がいるだけの質素なお屋敷だった。
外から来る者にしてみれば次男は病弱でいつ死んでもおかしくない嫡男の替えにもならない役立たずだったが、屋敷で働く誰もがこの次男を大切にしていた。体は弱いが聡明で頭が良く、何よりも病弱な自分を支えてくれている屋敷の者達に優しかった。人柄でいうなら誰よりも良く、多くの者に好かれていた。
しかし、表立っては次男からの命令で自分を避けているように見せていた。
次男は自分と親しくする事によって自分の死後、彼らの未来に何かしらの支障を与えてはいけないと思ったからだった。一人で居る事は寂しかったが、いついなくなるかわからない自分のために従者たちに迷惑をかけてはいけないという気持ちが強かった。
次男の何も変化のない床の上の日常が変わったのはある夜だった。
珍しく屋敷の中が騒がしい。ドタドタと走り回る音、『いたか?』、『こっちにはいません』と叫ぶ声。
犬や猫でも入り込んだのだろうと次男が目を閉じた瞬間にふすまが開いて息を切らした男が走りこんできた。そして
「隠れる場所はないか?」
「そこのふすまの奥が物入になっている。そこなら隠れられる。」
次男はとっさに答えていた。目にもとまらぬ速さで男は物入に隠れた。そこに従者がやってきて
「失礼します、こちらに誰か来ませんでしたか?」
「知らないな。何かあったのか?」
「侵入者です。何かありましたらお呼びください。」
そう言って従者は部屋から出て行った。
屋敷がだんだんと静かになっていく。すると物入に隠れていた男が出てきた。
見た事もない服装、同い年くらいなのに病弱でやせ細った自分とは違いがっしりとした体格の男。
男は不思議そうに
「何でかくまってくれたんだ?」
「居場所を教えて欲しかったのか?」
次男が聞き返すと男は困ったように考え込んでから
「いや、それも困るけど・・・」
「ところで、お主は何者だ?
見た事もない服装だな。」
「俺は----だ。
俺もよくわかってないんだよ、なんで俺はここにいるんだ?」
男は名乗ったが聞いた事もない名前でいまいち次男には聞き取れない感じだった。
自分がなぜここにいるのかわからないという男からは危険な感じはしない。
こういった場合は自分を暗殺に来たものと考えるのが世間の常識かもしれないが、病弱なしかも次男の自分を暗殺する意味などありはしない。その前提があるから男をかくまったのかもしれない。
次男はこの場所について、そして自分について教えて様子を見ると男は顔を青くして座り込んだ。
「マジか—-----してんじゃないか。」
男は小さくつぶやいたし、また聞きなれない言葉であった。
突然の来訪者ではあったし、どうやら問題を抱えているようだったが少なくとも自分の家の人間ではなく、迷惑をかけても問題はなさそう。そして何より見た事もない服装に聞きなれない言葉を話すこの男がとても興味深く、行く場所もないようなのでしばらくかくまってやる事にした。
いつも一人の部屋に誰かがいてくれる。問いを出せば誰かが答えてくれる。
当たり前の事のようだが、人を避けて孤独を感じていた次男にとっては当たり前の事ではなかったのだ。
男と語り合いいつの間にか寝落ちするという失態をおかしてしまうほど、その夜は楽しいものだった。