第二十八幕
直弼様が彦根に帰る予定日の前日に、直亮様から呼び出しがあり、僕は直弼様と一緒に直亮様と会っていた。
「直弼、この一年で江戸で学んだ事、そしてできた友人をこれからも大事にせよ。今後どうなるかはわからんがまた養子の話もあるかもしれんし、どうなるかは誰にもわからん。精進せよ。」
「はい。」
直弼様が小さく答えると、直亮様が
「彦根に帰った後も同じ屋敷に戻ることになる。
一年居なかっただけと思いやり直せばよい。
そうそう、あの屋敷におった頃お前は『埋れ木』と呼ばれておったな。」
「日の目を見ない私をそう呼ぶ者もおりました。」
「良いではないか。」
直亮様は楽しそうに言った。直弼様は意味がわからないと言った感じで
「どこがでしょうか?」
「ふむ。では、家臣の中で貞治が立っているとしよう。
誰が見ても貞治はすぐに見つかるだろう。なぜだ?」
「貞治が他の家臣に比べて背が高いので頭ひとつ、ふたつ分出ているからです。」
「その通りだ。では、森の中にある木も一緒ではないのか?
同じような木の中に埋もれているだけでは日の目は見れないかもしれない。ならば、埋もれておらずに背を伸ばせ。他の者より優秀になれば高い木となれよう。
呼びたい奴には何とでも呼ばせればよい。
お前にしかできない事、お前にしかなれないものが必ずある。
常に精進し、馬鹿にするものを見下ろす人間になればよいのだ。
わかったな?」
「はい。」
直弼様が強く返事をすると、直亮様が
「では、直弼はもう下がってよいぞ。
貞治に少し用があるから借りるぞ。」
「はっ。それでは失礼致します。」
直弼様が立ち上がって離れていくと西郷殿も立ち上がって人払いを始めた。鈴の音が聞こえてくると直亮様が
「お前と話すのも久しぶりだな。
まぁ、聞きたい事はあるだろうが、こちらの話を聞いて行け。
よいか?」
「質問は許されないのですか?」
直亮様はニコリと笑い、
「俺はサスペンスよりミステリーの方が好きなのでな。
わからない事は自分で解き明かせ。」
「承知いたしました。」
相変わらず引っ掛かる発言だったがこれ以上は立場的に物を言える感じでもなかったので直亮様の話を聞くことにした。
「とある大名家の長男・次男が共に体が弱く、特に次男は寝たきりの状態が続いていた。
次男は常に隔離され、ほんのわずかな従者とのみ会っていたが、その従者のほとんどが将来のない次男に深くかかわろうとしなかった。
孤独な次男が死のうと決意したその日だった。いつもほとんど物音のしない屋敷の中が騒然としていた。
そして何かと考えているとほとんど誰も入ってこない自分の寝室に男が走りこんできた。
見た事のない男は息を切らしながら次男に『隠れる場所はないか?』と聞いた。
この男が屋敷内を逃げ回っていたから騒然としていたのかと次男は思ったが、『そこのふすまの奥が物入になっている。そこなら隠れられる。』そういうと男は目にもとまらぬ速さでふすまの奥に消えた。
その後、従者が誰か来なかったかと聞いてきたが、次男は知らないとだけ答えた。
屋敷が静まり返るとふすまの奥から逃げ込んできた男が現れた。
男は見た事もない服装で年齢は同じくらいなのに病弱で貧相な自分と比べてもがっしりとした体つきをしている。奇妙に思いながらも男との出会いが自分の何かを変えてくれるようなそんな気持ちを次男は持ったそうだ。」
「あの~何のお話ですか?」
僕はこの話をされる意味がわからずに聞いたが直亮様は笑いながら、
「最後まで聞けばわかる。
もう少し詳しく話すとしようかな。足を崩して楽にするといい。
長い話になりそうだからな。」
直亮様はそういうと、あぐらをかいて座り僕にも同様の姿勢になるように促した。
そして、ゆっくりと話し始めた。
「この話はもう30年くらい前の話だそうだ・・・・・・」