第二十七幕
「お初にお目にかかります、直弼です。」
直弼様と僕は西郷殿も交えて直元に会っていた。
これまでも何度か直弼様は直元の部下に面会を申し込んでいたが、相手にもされていなかった。
特段会わなければ行けない理由もなかったが、彦根に帰る日が近づいていただけに一度も嫡子に挨拶なしというわけにはいかないと西郷殿を通して申し入れるとすんなりと面会の場が設けられた。部屋に向かう途中で珍しく西郷殿が『あんな奴に会う必要はないですよ』と吐き捨てるのを僕と直弼様は驚いて聞いていた。
直弼様が挨拶をすると直元は苛立った様子で
「江戸に来てもうすぐ一年となり、もうすぐ彦根に帰るとなって初めて挨拶に来るとはとんだ礼儀知らずだな。」
明らかに煽ってきている。ただの当たり屋じゃないかと思っていると直弼様は冷静に
「何度も面会を申し入れさせて頂いておりました。
ご存じありませんでしたか?」
「知らんな!そんな話を聞いたこともない。」
言葉はきつく、強い口調だが口元が少し笑っているように見える。完全にバカにしていると僕が思っていると直弼様が
「そうですか。
それでは、私が面会を申し入れた直元様の部下に罰を受けて頂く他ありませんね。
何度も何度も申し入れたにも関わらず、一度も直元様に報告しないなど職務を完全に怠っています。
末弟とは言え、私は藩主の弟ですのでその私に対しても失礼極まりない行いです。
直亮様にお伺いを立てた後でしっかりと処罰させて頂く事に致します。西郷殿、よろしいですか?」
「確かにその話が本当であるならば不敬にもほどがありますね。
打ち首にしましょう。」
直弼様はおそらく言い返しているだけで本心で処罰を望んでいるわけではない。しかし、西郷殿は本気で言っている可能性の方が高い。直元についているような家臣等いらないと直亮様直属の家臣である西郷殿なら言いかねないと思った。
直元は顔を少し歪めたが、
「そんな事があったなら、それは罰を下さねばならないだろうな。本当にあったならだが」
「書状も渡しておりますし、直接お話しさせて頂いた事もあります。屋敷の多くの者がその場に居合わせておりましたので確認はすぐにとれるでしょう。
では、直元様の了承も得られましたので正式に対処致します。」
直弼様がそう言って頭を下げた。僕は直弼様からの申し出をことごとく無視してきた男を知っていたので、そちらを見ると青ざめた顔で直元を見ていた。彼からすれば裏切られた、あるいは見捨てられたという感じだろう。直元が話を変えようと
「西郷、お前はなぜ今日もいる?
兄上のそばに仕えるのがお前の役目だろう?」
「そうですね。
直亮様からは特に何も命じられておりませんが、直弼様に何かあると彦根におられる脇殿が黙っておられないですからね。
家老を怒らせて得な事はありませんので。」
「ふん、家老の家が後見人になるとここまで扱いに差が出るものか。気分が悪いわ!さっさと帰れ!」
直元がそう言って立ち上がると、直弼様が
「確認でございますが、直元様は一度も私の申し入れをご存じなかったのですね?」
「しらん!」
直元は部屋を出ていった。慌てて数人が追いかけて行ったが、残った直元の部下に対して直弼様が
「自分に都合の悪い事は部下のせいにされるようなお人だったのですね。皆様もご苦労様です。」
直弼様は頭を下げてから立ち上がり、そのまま部屋を出ていった。直弼様らしからぬ行動だったので僕と西郷殿は顔を見合わせた。その後、直弼様を追いかけて僕達も部屋を後にした。