第二十六幕
直亮様の謎の発言の数々について、聞きたいと思い何度か会えないかと西郷殿に聞いてみたが、なにやら立て込んだ用事が多いようで会えずに半年以上が経ってしまった。
直弼様は相変わらず武芸に学問に打ち込まれているし、つい先日は直恭様が内藤家に正式に養子に出されて、彦根藩屋敷を出て行かれた。
お二人の兄弟関係は良好のままで、直弼様が江戸におられる間は直恭様が訪れて共に木刀を振ったりする様子も見られた。
直恭様は彦根藩屋敷を出ると内藤政義と名を改められていたが、直弼様といる間だけは『直恭』として過ごされていた。
そんな二人の関係に大きな変化が出たのは直恭様が屋敷を出られてから3か月が経った頃だった。
養父の内藤政順様が急に亡くなられて、直恭様が家督を相続して藩主となる事が決まった。
まだ14歳であり、これから藩主としての生き方を学ぶはずだったのに急に藩主となる事になり忙しくなった事もあったが、養子を迎えてすぐに藩主が死んだとなればあらぬ疑いもかけられていたため、彦根藩の人間との接触を控えるようにしたというのもあった。
ここで直弼様と頻繁に会い続けていたなら、直弼様に唆されて養父を殺したなどと言われる可能性もある。直恭様と会えなくなって少し寂しそうにされている直弼様に向かって
「直恭様とお会いできなくて寂しいですか?」
「政義殿だよ。
貞治には、名前が変わるという事に抵抗があるかもしれない。
でも、この時代にはよくある事だし前の名前で呼ばれると不都合な事がある場合もある。
慣れない事だとは思うが気を付けてほしいな。」
「脇殿にも養子にして頂く際に同じことを言われました。
名前が変わるっていうのは僕らの時代でもあった事です。
それでどうなんですか?」
「政義殿と会えないのは寂しいが、それ以上に養子になって藩主になれた政義殿を羨ましいと思ってしまう自分が悲しいなと思ってな。」
「養子に出されていたのが自分なら藩主になったのも自分だったという事ですか?」
「あさましいと思うだろ?
自分でも思うが、あの日に選ばれていたらと考えてしまう。」
「いいえ。僕が同じ立場だったとしても同じように羨んだと思います。」
「あの日、直亮様に選び直すように言いに行ってくれたらしいな。」
「出過ぎた真似をしてすみませんでした。」
「怒ってるわけではない。
でも、貞治にそんな事をさせてしまった自分に対しては怒りを感じるな。
常に冷静に、自分の感情を相手に悟らせないようにするのは大事なのにな。
貞治、こんな事を聞いていいのかわからないが・・・」
「何でしょうか?」
「貞治の時代に、井伊直弼という人物は知られているか?
未来の事は聞かないと約束したが、私という人物が未来に語られるのか?と考えるとどうしても知りたくなってしまったのだ。」
僕はどう答えるべきなのかと悩んだ。きっと今はメンタルが弱まっている所だろうから慰めとして、教科書に載るくらいの人物ですと教えたくもあるが、それではきっとダメだろうと思う。
直弼様が求めている答えは、きっと直亮様が僕に聞いてこられた『生きる意味や目的』と同じもののような気がしたからだ。
『井伊直弼は開国して、桜田門外で暗殺される。』、そんな未来を教える事に僕は意味を感じなかった。
「詳しくは答えられませんし、実際に僕もあまりわかっていないのですが直弼様が生きる意味はあります。日本の未来に名前を残すために生きるのではなく、その時の最善や最適を選び抜く事が何より大事なのではないかと思います。」
直弼様はニコリと笑い、
「貞治、その答え方では私は未来に名を残していると受け取れてしまうぞ。
まあ、それでもいいかもしれないな。少しでもいいように語られるようにこれからも勉学に武芸に精進していくしかないしな。
よし、うじうじするのは止めだ。
気晴らしに一戦頼む。」
直弼様はそう言って僕に木刀を差し出した。僕の答えは正解だったような気もしたが、この展開になるならもう少し違う言い方にするべきだったのではないかと後悔する僕だった。




