第二十四幕
「仲が良くないという話は聞いた事があったが、まさか失脚させようと秘密を探るほどだとは思っていなかったな。」
直弼様に直元との会話について報告すると直弼様は難しそうな顔でそう言った。
「酒に酔われていたのでどこまでが本当かはわかりませんが、お二人のご関係には注意が必要かもしれませんね。」
僕は歴史に詳しくないが少なくとも井伊直元という人物については聞いた事もなかった。
僕の知っている歴史は、僕がこの時代に来たことによって変わってしまっているのではないかと不安になる事もあるが、少なくともわからない事が多すぎる現状ではその時の流れに身を任せるしかできなかった。
直元と会ってから数日後、直亮様に呼ばれて広間に行くと直亮と並んで40代くらいの立派な着物を着た人が座っていた。直弼様と直恭様が並んで座られ、その後ろに従者である僕と大久保殿が座った。
「内藤殿。右が直弼、左が直恭です。
こちらの方は延岡藩藩主・内藤政順様だ。
内藤殿には嗣子がおらず、よって当家より養子を貰いたいとお話を頂いた。
実際に二人を見て決めるとなっていたので、今日は来ていただいた。
内藤殿、どうされますか?」
「お二人とも聡明なお顔をされてますな。
うーん、難しいですな。」
内藤殿はかなり悩んでいるようだった。少しの間黙られていたが、顔を上げて、
「やはり、年の若い直恭殿にします。
直亮殿はそれでよろしいですか?」
「問題はありません。
では、直恭よ。
荷物をまとめ、7月になるまでには延岡藩の藩屋敷に移るように。」
「承知いたしました。」
直恭が答えると大久保殿が勝ち誇ったような顔で僕を見ていたが、こうなる事も知っていた身からすれば何の劣等感もない。内藤殿が
「7月とは随分と猶予がありますね。」
「直恭と直弼は母こそ違えど長い事共に育った兄弟です。
今後どうなるかはわかりませんが、兄弟として共にいれる最後の時間くらい作ってやりたいと思いましてね。直恭が延岡藩屋敷に通って色々学ぶことに関しては制限するつもりもありませんし、向こうにも慣れねばならないので連れ出してもらってもかまいません。」
「そうですか・・・承知いたしました。
それでは、私は今日はこれで失礼いたします。」
内藤殿はそう言い、足早に帰って行った。
直亮様が
「直弼、今後も養子の申し込みはあるかもしれんから江戸におり、勉学に励め。
以上だ、二人とも下がってよいぞ。」
「失礼いたします。」
二人がそう言って部屋を出ていくので僕も従った。
部屋を出た後で直弼様が
「直恭、良かったな。
養子の話とは言え、大名のしかも藩主の養子になれるなんてあまりないと聞くぞ。」
「ありがとうございます。」
直恭様はお礼を言ったがあまり嬉しそうではない感じがした。
「どうした?」
「藩主の器なのは私ではなく兄上です。
私に藩主は務まると思えません。」
「これから藩主になれる器になればよいではないか。
内藤殿につき、しっかりと学べば直恭なら大丈夫だ。」
「はい、努力精進いたします。」
直恭様も少し荷が下りたように見えた。
直恭様は直弼様に挨拶をすると自室へと戻られていった。
直弼様は日課である木刀の素振りに向かわれたがいつもより覇気がなく、落ち込んでいるように見えた。
優秀さよりも年齢で選ばれる事はどうあがいても覆せない事だからこそ悔しくもあり、そして弟の未来が安泰に思えるからこそ愚痴の一つもこぼさないのだろうと僕は直弼様の素振りをする背中を見て思ったが、やはり納得のいかない部分があり僕は歩き出した。




