第二十二幕
「本当は直弼と共に行きたかったのではないか?」
直亮様が笑いながら聞いてきた。
直弼様と直恭様はともに山鹿流の西村台四郎という人のところへ兵学を学びに行かれた。
従者として一緒に行かなければいけないと思っていたが、直亮様からお呼びがかかったので同行せずに今に至っている。
「いえ、兵学は難しい事が多いですし、直弼様と直恭様のご兄弟の時間に水を差すのもいかがかと思いますので。」
「大久保は金魚のフンのようについて行ったぞ。」
「いえ、別についていくこと自体を非難したいわけではなく・・・」
僕が慌てていると直亮様は笑いながら
「別に良い。
それはそうと、今日はお前に会ってほしい奴がいる。」
「私にですか?」
「私の弟で今は養子になっている直元だ。
嫡子である事にあぐらをかいておるので、少し諸外国についての講義をしてほしい。」
「承知しました。」
「では、ともに行くとしよう。」
直亮様が立ち上がったが、西郷殿が
「ご案内であれば私が。」
「いや、あいつの様子もしっかりと確認しておかなければならない。
藩主を譲るに足る人物になりえるかで生死を分けるのだからな。」
僕は直亮様が何を言っているのかわからなかった。少なくともこの時は・・・・。
廊下を歩いていると大きな笑い声が聞こえてきた。
まだ昼間なのに酔っ払いでもいるのかと思うほどの笑い声だった。慌ただしく駆けていく人が視界の隅に見えた。直亮様は特に気にする感じもなく歩いている。西郷殿がヤバいといった顔でいるのを見て、この声の主が誰のなのか分かったような気がした。
江戸に来てからも直弼様と直恭様には一切会わずにおられた直元様の事は特に何も聞いていなかった。藩屋敷にはおられるが見かけた事もなかった。
慌ただしく片づけをしている音が聞こえてきたが、直亮様は止まる事もなく進んでいき、部屋の中に入った。
「誰が昼間から酒を飲んでよいといった?」
静かな声であったし、そこまで怒気をはらんだ声でもなかった。
質素倹約を幕府が進めているにもかかわらず、昼間から酒を飲むといった行為をとがめているのかと思ったが、そこまでの感じでもない。
「おお、兄上。今日はどうされたのですか?」
「父上だ。
そんな事も忘れるほど飲んでおるのか?」
「ややこしいですな。
養子になろうが私はあなたの息子ではありませんよ~と、へへへ」
ダメだな、と思った。完全に酔っぱらっている。
突然の来訪とはいえ、藩主が来ているのだからもう少ししっかりとしないといけないと思った。特に悪びれる様子もない直元様はもしかしたら大物のなのかもしれない。
不敵に笑う直元様を見て僕はそう思った。