番外編『庭師となりて事を成す』8
貞義は庭の池に小刀を投げ込み塀をよじ登って道に飛び下りた。縁の下に残した鞘と小刀が見つかれば、それが武士の持ち物だとわかり、庭師の人夫がやったとは思われないだろうと考えた。
隠れ家に着くとそこには青木貞兵衛たちが待っていた。
隠れ家にいた者達に向けて
「青木様、老公を刺して参りました。三度、左脇腹をえぐるようにして突き立てたので、もはやこと切れている事は間違いありません。」
「そうかよくやった。さすが小西だ。」
青木は貞義の両肩を叩いた。
そして、その夜は貞義を労う宴が静かに行われた。
脱藩し庭師になって宇平や庭師達と汗を流したのも別に苦ではなかった。気の良い人達ばかりで楽しかったとすら思う。軒下での3日間は辛くもあったが念願を叶えるためだったので堪えられた。
今は何より直弼様の仇を討てた事が嬉しかった。
翌朝の早朝、太陽がまだ登りきってもいない時間に貞義は青木殿から通行手形と路銀を受け取って北海道の近江商人の所へと旅立った。
その背中は達成感と満足感、そして故郷に背を向けて旅立った寂しさを感じさせた。
水戸藩は斉昭が何者かに殺されたとは公表できず病により危篤になったと報告し、後に病死した事にした。
下手人探しも水戸藩ではされたが池から見つかった小刀や縁の下の鞘からでは貞義の考え通りに犯人を特定できずにしだいに諦められていった。
後に青木貞兵衛によって彦根藩の一部の人間に小西貞義の手によって直弼の仇討ちが成った事が伝えられる。
だが、決して表に出る話しでもない。一つの語り継がれるだけの伝説が生まれたのだ。
そんな貞義は・・・
「おい、貞さん。こっちの荷物も船に積んでくれ。」
「へい。すぐやります。」
「アハハ、元気が良いな。何でそんなに頑張るんだい?」
「遠く離れた彦根に弟とおっ母がいますからね。
金稼いで誰にも文句言わせねえくらいの富豪になって凱旋してやりたいんですよ。」
「ああ、なるほどね。下働きが富豪になるか・・。
ここ北海道には可能性が転がってるからな、がんばりなや。」
「へい。」
貞義は額の汗を右腕の袖で拭って遥かな水平線から昇る太陽を見て息をついた。
水戸から旅立ったあの日もきれいな朝日を見ていた。
貞義は庭師となって、斉昭を暗殺し、そして今は商人として新たな旅立を迎えた。
いつか義徹に叱られにいこう。あいつはきっと怒るし無事だった事に泣いてもくれるだろう。
でも、まだ胸を張って再会できる程の男になってない。
庭師となって直弼様の仇討ちを成した。でも、それだけでなく商人として成功して色んな事を成したと見せたかった。まずは一歩目の『庭師となって事を成す』を達成したので今後も胸を張って弟達と再会できるまで努力精進していこう。決して歩みを止めず学び鍛え続けた尊敬する直弼様のように。
完