番外編『庭師となりて事を成す』1
江戸城の正門と言われる桜田門の前は降り積もった雪を赤色に染め、切り傷や銃で撃たれた人達の亡き骸が溢れる前で小西貞義は弟に向かって
「なぁ義徹、水戸の襲撃って事は指示したのは徳川斉昭だよな?」
「兄上、軽挙は慎まれた方が良いですよ。」
「直弼様は親父を親友だと言ってくれた。葬式で涙も流してくれた。何でそんな人がこんな目に遇わないといけない?」
「それを我らのような下級武士が騒いでもなにもなりません。成り上がり、このような理不尽な行為を無くす制度を作らなければいけないんです。」
「義徹は賢いからな。俺はお前のようには考えられないよ。」
昔から冷静で頭も良く、恵まれた大きな体も持つ弟に対して直情的な自分はこんな理不尽に落ち着いてはいられなかった。本来なら京都守護職の彦根藩の一員として京都にいたはずが、長野主膳殿の護衛として江戸に来てたまたまこの場所に居合わせただけの自分が何かできるわけでもない。
そもそもが自分は彦根藩の中でも下級武士で家老の方すらも話せる身分ではない。そんな身分のはずなのに親父は藩主の直弼様と友人だと胸を張っていた。
正直に言うと嘘だと思っていた。
そう、親父の葬式の日までは。
何の前触れもなく死んだ親父の葬式に突然現れた藩主様は親父を親友と呼び涙を流してくれた。それまでの藩主様は直接見るどころか近づけもしない人だった。
でもその日以降、印象はまったく変わった。それまでは神でもいるかのように扱っていたのに、そこからこの人も自分達と同じ人なのだと思うようになった。一藩士の葬式に藩主が来る事なんて聞いたことがなかった。
そこから直弼様のために頑張ろうと今日まで頑張ってきたはずだ。いつか実力を認めて貰って共の末席にでも加えて貰えるようにと願っていた。
その直弼様の首のない遺体を前に慌てふためき悲しんでおられる長野殿と反対に親父の葬式に来ていた脇貞治殿はどこか冷めた印象で淡々と指示を出している。
この二人を見て自分は、長野殿こそ忠臣であったのではないかと思った。
立場がある方の考えは自分程度では図れないのかもしれない。それでも、感情で動き勝ちな自分としてできる事を考えようと思う。義徹の言うように軽挙な行動では藩に迷惑がかかり戦になれば多くの人の命に関わる。
自分の足りない頭ではよい案が浮かばない事に悔しさを覚えながら、直弼様の仇は自分がとろうと心に決めた。