第二百三幕
僕が目を開けると先程の大老の木の前だった。
「ここは……」
僕が呟くと後ろから
「まったく、彼には驚かされるよ。」
「桂さん?」
僕が振り返ると桂小五郎はあきれたような表情を浮かべて肩をすくめながら言った。
「まさか、勝手に現代に戻すとはね。
記憶も消してないし、本来なら病院のベットで目覚める予定だったのに。まぁ、それほどに彼の格が高かったんだろうね。」
「直弼様が僕を現代に戻したのは異例なんですか?」
「まぁ、そもそもが見送りを許されるのも珍しいからね。記憶の処理をしてから返さないと歴史に残ってない事までペラペラしゃべる奴がでてくるでしょ。
だから、記憶は処理してたのに。
まぁ、今さら消す処理はできないから他言無用って事で話せなくはしておくよ。
貞治君が直弼と共に生きた記憶は確かに私利私欲に溺れた者達とは違うからね。」
「過去の事を話せなくするって事であってますよね?」
「ああ、一生しゃべれなくするとか物騒なことはしないよ。ただ、この場所は都合が悪いから病院のベットで目覚めては貰うけどね。さすがに学校の近くではねられ君が芹川のけやき道で発見されたら辻褄が合わなすぎるからね。」
「確かにそうですね。」
「じゃあ、もう一回飛んで貰うよ。これでお別れだが、君の物語りはとても興味深く面白いものだったよ。
それではさようなら。」
強い光に再び包まれるとベッドの柔らかい感触を背中に感じ、目を開けると見慣れない天井を見上げる形となっていた。これがどんな力なのかはまったくわからないがおそらく人間では手にできないような力なのだろう。
「おお、目が覚めましたね。
幸い、大きな怪我もありません。検査のために今日は病院で泊まって貰いますが明日には帰れますよ。」
近くにいたお医者さんが言って僕の病室を出ていった。
僕は再び目を閉じた。江戸時代に共に生きた人達はもういない。こちらの世界が本来の僕の居場所なのに30年を生きたあの時代の方が僕にとって居場所だったように感じる。
直弼様と共に生きた僕は歴史には登場しない。僕が脇貞治として生きた事を誰にも知られていないのは寂しく感じるがこれで良かったと思う。
完璧な人間なんていない。誰もが正しいわけでもない。何が正義で悪なのかもきっと今はわからない。でもそれで良い。僕は間違いなくあの時代の英雄だった井伊直弼と共に生きた。あの人の決断や行動が今の日本の礎を築いたのだから。歴史上の人物を語る上でどうしても功績や実績について語られ勝ちだが、本当に大事なのは何に葛藤し悩み、行動に至ったのかだと思う。
僕は胸を張って言える。
『井伊直弼は英傑であり英雄である』と。
今の僕なら井上先生の質問に即答できる。
なぜなら僕は井伊直弼と共に生きた男だからである。
ー完ー
ご愛読ありがとうございました。
『大罪人ー井伊直弼と共に生きた男ー』を長らくお読みいただき感謝いたします。拙い文章と浅い知識で書き始めたためおかしな部分もあったかと思います。
それでもたくさんのPV を頂きました事に改めて感謝です。
本編は完結致しましたが番外編『庭師となりて事を成す』を数話掲載したく思いますのであと少しお付き合い頂ければと思います。




