第二百一幕
真っ白な世界?善八郎の見事な腕前で僕は痛みを感じる間もなく死んだはずだ。僕の死生観で言うと死んだらそこで終わりであの世も極楽も地獄も天国もないと思っていた。僕がそんな事を考えていると後ろに気配を感じて振り替えると驚いたような顔を一瞬して満面の笑みを浮かべた男が
「おやおや、気づかれるとは思わなかったよ。
それにしても見事な死に様だったね~、いや感心感心。」
「やはりあなたはどこにでも現れる事ができる超能力者だったんですか、桂さん?」
桂小五郎は少しだけ眉をつり上げたが直ぐに戻して
「ご機嫌ななめなようだね。
でも、これは本心から言わせて貰ってるよ。
まさか歴史に名を残されないほどの人になるとは思ってもいなかった。君はあの藩の誰からも好かれる人間だったんだね。そうじゃないと岡本半介の言う事なんて無視したり勝手に書物に名を残したりする者が出たはずだ。」
「あの後はどうなったんですか?」
「秋山善八郎が後追いをしようとしたが、岡本の用意していた人員により止められてたよ。友と一緒に死のうと決めた人とそれを感じて止める準備をしていた人どちらも尊敬するね。あの場に集った人に君を罵倒したり死を喜んだ者が誰もいなかった事にも驚きだった。皆が涙を流して崩れ落ちた中で涙を我慢して姿勢も崩さなかった岡本殿に拍手を送りたかったね。さすがに雰囲気がそんな感じじゃなかったからしてないけどね。」
「彦根藩のその後は?」
「天誅組って団体が暴れまわると幕府側として戦い、さらに池田屋事件や禁門の変などもあって没収された三万石を取り戻したりと幕府への貢献を見せながら譜代筆頭でありながら幕府との仲は険悪の一言になり、第一次長州征伐で長州に負けた辺りから、谷鉄臣や大東義徹等が台頭して鳥羽伏見の戦いでは最初から新政府軍に組してたよ。それによって井伊直憲は初代彦根藩知事になり華族令がでると伯爵位を得て貴族院の議員にまでなったよ。薩長中心の新政府で敵視されながらも役人として勤めたり、大隈重信の内閣で司法大臣になったりと谷鉄臣や大東義徹はとても優秀な人間だよ。」
「鉄臣ともう一人は誰ですか?僕の知ってる人ですか?」
「ああ、明治になると平民にも名字が与えられたんだ。その時に小西義徹は大東に改名したわけだよ。
彼は勝海舟に近江西郷と呼ばれるほどに一目置かれ、廃藩置県後には司法省に入り、1890年の選挙で当選するとさっきも言ったけど第一次大隈重信内閣で司法大臣になった。その他にも現代にも続く近江鉄道の敷設にたずさわり初代社長にもなってる。
君が教え学ばせた者達は見事に自身の実力で活躍し続けたわけだ。」
「そうですか。でも、それは僕の存在に関係なく彼らが生まれもって優秀だったと言うだけですよ。おそらく僕が来なかった歴史でも彼らは活躍したでしょう。」
「それはどうかな?ああ、伝えていなかったね。
君は自身の行動が歴史を変えるのではと不安がっていたがそれこそ無駄だったんだよ。」
「どういう事ですか?」
「簡単に言うと、この世界の延長に君の未来があったんだよ。だから、例えば君が直弼を助けたらその世界線の未来の君の知識を持っていた事になる。
最初から君がどういう判断をしたのかは現代で君が習った歴史がすべてを物語っていたわけだ。
君は何もしなかったから井伊直弼は桜田門外の変で死んだ。君がもし歴史を変えたなら桜田門外の変は起きてすらない。君が悩みに悩んだ答えは君はすでに知っていというわけだよ。正しい歴史なんてない。あるのは事実として残ったものだけなんだよ。」
「・・・・・タイムスリップした僕が変えなかった歴史を僕はすでに知っていたか。難しい話ですね。
それで僕はどうなるんですか?」
「未来の君に戻って貰います。ああ、江戸時代の記憶は消えてるので大丈夫ですよ。君は居眠りして先生に怒られ、そしてトラックに跳ねられて特に怪我もなく目を覚ます。あなたは長い夢を見てただけと言うわけですよ。」
「そうですか。」
「ああ、君は特に面白い展開を見せてくれたので特別にボーナスがあるようですよ。それではいってらっしゃい」
桂が笑顔で手を振ると僕は強い光に包み込まれた。