第二百幕
春の暖かい風と日差しが僕の身体を包み込んだ。目隠しをされた状態で駕篭に乗せられた僕は現代で見ていた動画配信者のドッキリ企画を思い出した。見てるだけなら楽しかったがやられる側はこんなに不安になるのかと思った。そんな事を考えていると駕篭は止まり、僕も下ろされた。伊草の匂いのするござに座らされ、「少し待て」との指示に従った。周りからはザワザワと人が集まっている声がする。「目隠しをとれ」との声が聞こえて、僕の目隠しがとられると真っ先に見えたのは満開の桜だった。こんなに美しく感じたのは始めてかもしれない。周りには民衆が集まっている。中には見知った町の人や脇の家の義兄弟達の姿もある。涙を流してくれているようだ。こんな身元もよくわからない男を家族として受け入れてくれたみんなには何度も迷惑をかけ、今回の事でも多大な迷惑をかけただろう。
そして正面には岡本半介が座っている。僕は黙って頷くと半介が
「これより大罪人、脇貞治の公開裁判ならびに処刑を行う。この者、先代藩主井伊直弼様と元服の前より共に鍛え、学び、何をするにも共にしてきた者である。
藩主が誤った道に進むを見過ごし、先に処刑となった長野主膳義言、宇津木六之丞と並び直弼様を諌められた立場でありながら何もせず直弼様を死に至らしめた大罪を犯した者である。
よって斬罪に処した上で、その名を残す事も語る事も禁じる事とする。武士として家臣として藩に貢献した事も後世に語られない事こそ武士として死よりも重い罰となるだろう。」
気丈に言いきった半介の目元は赤くなっている。
本当に最後の最後まで面倒をかけてしまった。
そもそも僕よりも年上なのに僕を師と仰いで今まで色々と世話になってきた。僕も目頭が熱くなるのを感じる。
そんな僕に半介は
「何か申し開く事はあるか?」
「私が共に生きた井伊直弼という男は常に自らに厳しく学ぶ事をやめず、鍛練を怠らず、国を良くするために行動をやめなかった立派な男である。恥じる必要はなく、この先にいかにあの方を酷評する世が来たとしても私は絶対に胸を張って良い続けよう。
彼こそが先駆者であり、革命家であり、そして英雄だったのだと!私の犯した最も大きな罪は・・・・・その男の・・偉大な男の横で共に死ねなかった事だ。
私は大罪人としてあの方に謝りに参りましょう。」
半介は僕の意図を汲み取ったのか処刑人に合図を出した。僕の横に立ったのは目に涙をため、留めきれずに流している秋山善八郎だった。善八郎は小さな声で
「岡本殿にお願いした。貴方を苦しみなく直弼様の元にお連れします。」
「ありがとう。よろしく頼む。」
「貴方や直弼様と出会ったこの河岸で貴方を切る事になるとは思いませんでしたけどね。」
善八郎は泣きながら笑った。直弼様の散歩に付き合って芹川に来た時に鍛練していた小西貞徹と秋山善八郎に出会った。そして、共に鍛練するようになって友となった。その友の手で行けるなら文句はない。
「できるだけ痛くないように頼む。」
僕も冗談ぽく言った。善八郎は大きな声で
「お覚悟!」と叫び、刀を振り上げた。
僕は目を閉じて善八郎が切りやすいように首を伸ばし下を向いた。この時代に来た意味はあったのだろうか?僕がいなくなった現代で僕はどういう扱いをされたのだろうか?直弼様にとって僕はどんな存在だったのだろうか?およそ一瞬とは思えない間に僕たくさんの事を考えたそして僕の意識は次の一瞬で途絶えた。