第二十幕
「西郷、人払いをせよ。
何かあれば声をかける。」
直亮が指示すると西郷が「承知いたしました。」と言って離れて行った。遠くで鈴の音が聞こえると直亮は水野忠邦に向かって
「人払いが完了したようです。
本日はどのようなご用で?」
「幕府の政治は今や末期といっても良い。
早急に建て直さねば、諸外国への警戒だけでは持たんと思っている。直亮殿は外国の情勢を一番警戒されておられるので、ご意見を聞きたい。」
「なるほど………、現在の幕府の政治は合議制だ。
そこから脱して強権的に政治を行える役職が常に必要でしょうな。既得権益にこだわる者が恐れるのは変化ですから。」
「あなたは昔からそう言い続けてますな。
将軍がもっとしっかりしてくれれば良いと私は思いますが。」
「言いなりになる若い将軍を置き続けて来たのも我々ですからね。それを責めるわけにはいきませんよ。」
「直弼殿といい、あなたといい、耳に痛い話をあっさりとされますね。」
水野が言うと直亮は身を乗り出して
「して、直弼はいかがでしたか?」
「あなたの仰る通りの聡明さでしたよ。
まさか、門番として出迎えさせるとは思ってもいませんでしたが……………」
「自然な出会いの方が怪しまれないかと思ったのですが。」
「あなたがいつ出てくるのかをチラチラ確認されてましたよ。」
直亮は声を出して笑い、
「さすが直弼。私がいた事もきづいていたか。」
「そこまで気にいられてるなら仲良くされれば良いと思いますが?」
「私は彼を完成した器にせねばなりません。
そのための『この人生』ですから。」
「あなたは自分の人生についてよく、そのように語られますが真意はどこにあるのですか?」
「私は遥か高みからこの時代を、ここに生きる人達を見ているのですよ。
私を真に理解できるのは、直弼の従者の脇貞治くらいなのではないかと思います。」
「その者も優秀なのですか?」
「そのような次元の話ではないのですよ。
さて、話をも戻しましょうか。
直弼の言うように質素倹約・新田開発は必要ですが、直弼の案では合議を通らないでしょう。
かといって、薄っぺらい改革では意味もありません。
まずは根回しをして、水野殿が主導で改革を進められるように準備から始めましょう。
現段階では難しいですからね、5年いや7年は見た方が良いでしょう。」
「そんなに長くですか?」
「まずは水野殿の領地である浜松から実績を出しておくのが良いと思います。国の政治では取り返しのつかないことがありますが、藩の政治の中で色々と改革案をお試しになり成功例だけをあげて『このように改革すれば上手くいく』とお示しになれば合議の際にも認められやすくなるでしょう。
新田開発は一朝一夕ではいきませんし、農業改革なら少なくとも3年は様子を見られるべきです。
早期に上手くいくなら前倒しすれば良いですが、海外情勢も不安定で不測の事もあるかもしれませんので、まずは水野殿の地盤を強固にしておく事が重要でしょう。」
「なるほど………………。さすがは直亮殿だ。
時代の先を知っているかのような助言には常々助けられてます。
どのように学べばそこまでの知識を得られるのか、ぜひぜひご教授頂きたいですよ。」
水野が感心したように言うと直亮はニヤニヤと笑いながら、
「天性のものですかね。あるいはてんせいによるものかもしれないですね。」
「それはどのような意味ですか?」
水野が首をかしげながら聞いたが直亮は笑うだけでその答えを口にする事はなかった。




