第百九十八幕
僕は両腕を前で縛られ引っ張られながら歩いていた。
どこに連れられていくのかもわからずいたので、
「どこに向かっているのですか?」
「岡本様から処刑場を通ってから牢にお連れしろと命じられてます。」
「そこで死ぬ事をよく考えろとの事ですか?」
「いや、この時間に長野殿の刑が処される事になってます。おそらくはそれを見せるためかと。」
「そうですか。」
僕が短く答えると牽引していた藩士が
「貞治様は芹川のほとりで公開裁判を行って斬首になると聞いてます。そこまでする必要があるとは自分には思えません。」
「藩が危ないのはまぎれもない事実です。私や長野殿の首で事が落ち着くならそれが最善ですよ。」
藩士も黙ってしまった。しばらくすると人混みができている所があり、そこで立ち止まらされた。
「長野殿ですね・・・・」
藩士が小さく呟く。僕も人の隙間から長野主膳を確認した。長野の目元は赤く腫れていて理不尽ともとれる今回の処刑に思うことがあったのだろう。涙しても後悔しても遅すぎる。直弼様という船に乗った時点で彼の人生は沈没に向かってしまったのだろう。僕は沈んでも良いと思って乗っていたが長野はきっと大船に乗ったつもりだっただろう。それほどに直弼様は魅力的な人だったのだから。どうやら長野主膳は切腹のようだ。
僕は作法も知らないからさっさと首を切ってくれる事を願いたいものだ。人の隙間から長野と目があった気がした。長野は大きな声で辞世の句を読み始めた。
そう言うものなのだろうか、それとも僕に気づいて僕に聞かせるつもりだったのかわからないが僕のところまで届く声で
『飛鳥川 きのうの淵は けふの瀬と かわるならひを 我身にぞ見る』そう叫ぶと自らの腹に短刀を突き刺した。そして処刑人の刃が振り下ろされた。
彼は・・・・被害者だったのかもしれない。僕がもっと上手く立ち回れていたらこんな事にはならなかったかもしれない。僕だけが責任をとれるほど前に出ていれば、彼は出世の道を諦めて別の道を進んでいたかもしれない。僕は考えられるすべての『かもしれない』を思い浮かべると罪悪感が凄くのしかかってきた。
僕は誰に聞こえるかもわからないくらいの小さな声で
「長い間、お疲れさまでした。心の安寧があなたに訪れますように。」
僕は深々と頭を下げた。
この日から二ヶ月後の10月27日には宇津木六之丞殿が切腹させられた。そして、更に日が経ったある日牢番が僕と仲のいい人だった時に11月15日に村山たか殿が長州藩士に捕まりその時に側にいた男性が長州藩士に殺され、たか殿が京都の三条大橋に三日三晩縛り付けられた事件があったことを教えて貰った。直弼様と仲が良かったと言うだけでそこまでするのかと思ったが、僕はその一緒にいた男性の方が殺された事がショックだった。亮俉さんも亡くなられたのかと思うと涙が溢れた。本人だったかはわからないがおそらくはそうだろう。
前藩主直亮だった亮俉さんが愛するたか殿を守ろうとして亡くなられたのは本望だったのだろうか、それとも守り切れなくて無念だったのか、僕が死んであの世があるのなら聞いてみたいと思った。
僕の処刑まではまだ少し時間があるらしい。