第百九十七幕
「直憲様にご挨拶いたします。」
彦根城についた長野主膳は急いで藩主の直憲への面会を求めた。時間がかかるかと思ったが、面会はすんなりと実現した。目の前の若干13歳にして藩主になった15の少年はまだ幼さすら感じる。直弼様の威厳や底知れぬ器の深さも持ち合わせてはいない。あの事件さえなければ父から学び優秀な跡継ぎとなられただろう。直憲様が
「長野、どのような用向きだ?」
「私も年をとり、最近は体調も悪くなる一方でございます。そのため、お暇を頂き隠居したく思いお許しを頂きたく参りました。」
直弼様と同い年の私が年齢を理由に職を辞す許可くらい直ぐにおりるだろう、そう思っていたが私の目の前に一通の手紙が放り出された。放り出したのが誰かと見ると攘夷論を掲げるようになり力をつけていた直憲様の教育係でもあった岡本半介だった。
「それは水戸の者から届いた密書です。
それには島津久光が桜田門外の変後の彦根藩への処置を見直すように求めているとの内容が記されています。
藩の存続を優先するなら直弼様の側近だったあなたや六之丞殿にも責任を取って頂きたい。」
「お待ちください、私に責任を押し付けられても困ります。何より現在の状況では私の首を斬ったところで改善はいたしませんぞ!」
「そうでしょうか?京の四条河原で島田左近の首がさらされあなたは大逆賊だと名指しで知らしめられたそうではないですか?側近に唆された藩主と言う汚名がつきますが、藩の取り潰しよりよっぽどましだと思いますよ。」
「ぐっ、それでは脇貞治も同様に斬罪にされるのでしょう?それともご自身が師事していたからあいつだけお助けになられるんですか?」
「愚問ですね。貞治殿に関しても同様にいたしますよ。
ただ、そうですね・・・・あなたと六之丞殿は切腹していただき、貞治殿には単純に斬罪にしましょう。
常に側にいながら直弼様の過ちを正さず同調し暴走を許してしまった。その点ではあなた方よりも罪は思い大罪人ですからね。」
「だが、貞治は行方知らずではないのかそうやって逃がすつもりだろう?」
「身柄ならそろそろ押さえられている頃ですよ。
まぁ、他の人の心配をされている暇はないと思いますよ。どうするのかしっかりと考えておいてくださいね。」
半介がそう言うと直憲は無言で立ち上がり部屋を出て半介もそれに続いていった。
こうして面会は終わり、一先ず屋敷に戻ると玄関の前で役人が武装して仁王立ちでいるのが見えた。
長野は全てを悟り、半介の行動の早さに感心すらした。
そして『自分もここまでか』と諦めたのだった。