第十九幕
「ときに直弼殿・・・」
貞治が走って行ったのを見ていると水野忠邦が話しかけてきた。
「いかがされましたか?」
「実は幕政の改革について直亮殿にお話を聞きに来たのだが、あなたも聡明なようだ。
あなたならばどのように幕府の財政を立て直すか意見が聞いてみたい。」
「私のような若輩者の考えなど参考にすらなりえません。」
たかが20歳の若者に幕府の財政改革を聞かねばならないほど逼迫しているのだろうか、それとも時間を繋ぐために気を回してもらっているのだろうか。
後者であればこれ以上は逆に失礼になる。様々な考えを直弼がめぐらしていると水野が
「まあ、そう固く考えずに。
ただの世間話の延長だと思ってくれればいいですよ。」
「それでは僭越ながら、質素倹約に努める事。
これは身分に関係なく、むしろ武士にこそ浸透させるべきです。
松平定信公がしかれた質素倹約の時は厳しすぎたがために武士階級の中で守れない者がおりました。私の父・直中は藩内のそういった者を厳しく処罰しましたが、それに見合うほどの財政の立て直しができなかったのも事実です。
なので、豪勢な食事をとらない・必要以上に物を買わない事を前提とし、月に一度や週に一度だけ少しの贅沢を認める日を設けます。
こうする事で息抜きができ、不満の解消にもつながります。
また武士に限り、贅沢を禁止しているにもかかわらず守れなかったものは贅沢した分を藩又は幕府に金銭で納付させます。
一般藩士や家臣が贅沢をした場合は藩に納め、大名やその親族が行った場合は幕府に納めさせます。」
「なぜ武士だけなのだ?」
水野の従者の大柄の男が聞いた。直弼は冷静に
「農民や商人などに贅沢をする余裕がそもそもないからです。
飢饉が続き作物の収穫がうまくできない状況で農民も疲弊し、売るものがない商人も同様です。そんな中でも武士だけが贅沢ができる環境にいるという点を見直させねば一揆や反乱にもつながりかねません。」
「なるほど一理あるな。だが、質素倹約だけでは財政を立て直すことは難しいであろう?
他にも何か策はあるか?」
水野がまじめな顔で聞いてきたので
「新田開発は必須だと思います。
飢饉になる要因に田畑の使い過ぎによる栄養不足が考えられます。
他の要因もあるとは思いますが、二期作や二毛作などにより田畑自体が枯れている可能性があります。田畑を休ませるためにも新しい田畑を作る必要があります。」
「だが新田開発は上手くいかない事が多い。
これをどうする?」
「まず、新田開発がうまくいかない要因として農民の士気の問題があります。
自分たちが新しく耕した土地も結局は武士のものになり自分たちが使う事ができないなら労力を使うのは無駄だと思うでしょう。かといって武士が耕した畑ではまともなものが育たない。なので、農民の士気を上げる策を取り入れなければなりません。」
「その策とは?」
「まず藩内の米問屋から店にある米の6割を購入いたします。
売り渋りをした店からは8割を買ってもいいでしょう。
そして、新田開発に参加した農民に一日の終わりに家族一人当たり1合分の米を配ります。
家から複数人参加している場合も最大支給合分は変わりません。
現在、家族を食べさせることができずに困っている農民もこうすれば働きに出てきます。
さらに開墾した土地は一時的に大名の直轄地として真剣に開墾に努めた者に耕す権利を与えます。もちろん公平性を保ちつつ本当に頑張った者に権利を与えてください。
そこで不正があると一揆や反乱に繋がりますから。
そして開墾した土地からできた作物は年貢分以外を農民の取り分としてください。
働けばその日の終わりに食べ物が貰え、一生懸命やれば土地を貸してもらえて年貢分以外の取り分が貰えるとなれば、農民の士気は上がりますしたくさんの土地を開墾できるでしょう。それと同時に枯れた土地に肥料を使いながら農民の土地自体の回復にも協力します。
ここで恩を売っておけば、年貢を上げなければいけなくなった時の先手が打てます。」
「なるほど・・・よく考えられているな。
武士から無理やりやらされても農民は真剣にはやらず無駄な努力となり。
農民に利益があれば農民も真剣にやるか。」
水野がそういうと後ろで大柄の男が小さな声で「夢物語だ」と吐き捨てた。
水野が男を一睨みすると男は小さく「すみません」といった。水野が
「参考にさせてもらうよ。」と言ったところに直亮が屋敷の中から現れた。
「ああ、水野殿。
来て頂けるのなら手紙を出してくださればよかったのに。
まあ、話は中でしましょう、さぁ上がってください。
直弼、ぼさっとするな。
水野殿を迎える準備をいたせ。」
「はい。」
直弼が返事をして、諸々の準備を整えると水野が
「直弼殿、君との話は実に有意義だった。
また機会があれば話したいものだよ。」
「ありがとうございます。」
直弼が頭を下げると水野は直亮と共に屋敷の奥に進んでいった。
二人の姿が見えなくなったところで貞治が近づいてきたので直弼が
「直亮様はいつからあそこの陰におられた?」
「直弼様が新田開発のお話をされている頃からです。」
「そうか・・・・・」
貞治の答えを聞いて直弼は少し考える事があった。