第百八十九幕
江戸に着き数日が過ぎたある日、彦根藩屋敷で浪士の名簿の確認を行っていたところに客人が来たとの知らせが来た。来客の予定はなかったが、どうやら彦根の寺の僧らしい。とりあえず、僕の部屋へと通して貰った。部屋に入ってきたのは丸々とした顔の男だ。見覚えがある気がするが誰とは判断できない。僧は笑顔で
「これでも死んだ事になっていますので、誰かわからないくらいになっていた方が良いんですよ。」
声を聞いて僕は思い出した。
「ああ!松陰殿か?」
「貞治殿に気づかれないなら、江戸の町を歩き回っていても大丈夫かもしれませんね。」
「いやいや、門弟の方と出会ったりしたらすぐにばれますよ。」
痩せこけた顔の印象からはまったく逆の顔のために気づかなかったのだろう。良くドラマとかマンガで太ってた主人公が痩せてモテモテになるとか、逆にモテモテだったイケメンが太ってただのおっさんになってたみたいな話は見たことがあったがここまで判別できなくなるのかと驚いた。
「何やら貞治殿が焦っていると噂で聞きましてね。何かお力になれたらと来させて頂きました。」
僕が浪士を捕まえて回っている事に不審感を持った人が噂していたのかもしれない。でも、彼ならちょうど相談できる。
「桂小五郎が自分はループしている人間だと言っていたが、あなたはこの事を知ってましたか?」
「桂君が?いえ、まったく知りませんでした。でも、彼は私の話を真っ先に信じた人の一人でしたから、そうなら納得ですね。彼は他に何と?」
「端午の節句に直弼様が暗殺される事を示唆して、僕がどう動くか見物だといってました。」
「端午の節句ですか?桜田門外の変は雪が舞い散る桃の節句に起こったはずですよ?知らなかったんですか?」
「えっ?そうなんですか?歴史はあまり得意ではなかったので桜田門外の変は知っていたんですけどいつ起こったとかの正確な日までは覚えてなかったので。
じゃあ何で桂は端午の節句って言ったんでしょうか?
ループしてても日にちが変わったりはしないはずですよね?」
「うーん桂君が何を思ってたのかはわかりませんね。
もしかしたら嘘の情報で貞治殿を混乱させようとしたのかもしれませんね。あるいは何かしらのアクションがあると思ってたのに貞治殿が慎重過ぎて何もしなかったので情報を与えてアクションを起こさせようとしたのか。
でも、それなら焦らせるために本当の日を言うな。いや、もしかしたら何もさせないために・・・・・」
松陰は独り言のようにああでもない、こうでもないとしばらく言った後で、
「あっ、すみません。考え込んでしまうと周りを置いていく癖がありまして。貞治殿は結局のところはどうされたいんですか?直弼様を守るんですか?それとも歴史の通りに進ませますか?演劇に役者のアドリブはつきものですよ。要はどう演じたいかです。
お好きなように演じてください。吉田松陰が実は処刑されてなかったなんて脚本は見たことありませんでしたからね。もう色々と変えてるんですから気を遣う必要はないと思いますよ。」
松陰に背中を押され、自分なりの歴史を進もうと決めた。その後も僕の知らない情報を教えて貰えたので活かしていこうと思った。