第百八十七幕
江戸へと戻る途中の宿場町で宿をとり部屋でくつろいでいると、人の気配を感じて刀に手を伸ばした。
同じ藩の者や友人ならすぐに声をかけてくるはずなのにそれがなかったために警戒した。
僕の様子を察したのか相手は軽い口調で
「いやいや、警戒させてしまってすまないね。
私だよ私!」
現れたのは長州藩士の桂小五郎だった。
「あなたはどこにでも現れられる超能力でもお持ちなんですか?」
「アハハ、神出鬼没ではあるが別に超能力ではないよ。
強いて言えば経験による実力かな?」
「あなたは何者なんですか?転移者ですか、それとも転生者ですか?」
「部類で言えば転生者かな?でも、吉田君や水戸殿のような現代からのではないけどね。」
「では、どの時代からですか?」
「私は君達の言い方で言うならループだよ。
私はずっと桂小五郎の人生を記憶を保持したままやり直し続けている。残念ながら私の人生は変更ができないので自分で時代を変えたりもできないし、政治家にならないという選択肢もない。私は毎回同じ立ち位置で時代がどうなるのかを見届けるのが役目なんだよ。最初の方は足掻いていたようにも思うけど今ではすっかり諦めたよ。」
「それは……どう言うことですか?」
僕は理解が追い付かずに聞く事しかできなかった。
「うーん、何て言うのかな?
君達の時代には人生ゲームって遊びがあるんだろ?
つまりは、それなんだよ」
「誰かが僕達を駒にして遊んでるって事ですか?」
「さぁ?確かなのはゲームの一人一人が主人公って事かな?まぁ私は違うようだけどね。」
「言っておられる意味がわかりません。」
「うむ?まあ、難しく考えないでくれよ。
そうだな……偉人伝ってものがあるだろ?私以外の人はみんな自分の物語を持って生まれどのように生きたかを観察されてるんだ。井伊直弼役になる人もいれば徳川慶喜になる人もいる。まぁ、そのターンで誰が転移・転生者の立場になるかはランダムみたいだけどね。」
「配役が変わった演劇が繰り返されてるって事ですか?」
「まあ、その認識も間違いではないよ。
でも、確かに今回の配役がイレギュラーなのは認めるよ。まさか存在しない人物が登場するとは思ってなかった。いつも少しずつの変化はあったけどここまで大きな変化は始めてだよ。楽しませて貰うよ、君の選択をね。
歴史を変えるために動こうが、水戸殿のようにこれが正しい歴史だと思っているものに執着するのかは君達次第だよ。おっと、そろそろヤバイね
端午の節句に君がどう動くのか、そしてどう変わるのかを楽しみにしているよ。諸君、狂いたまえ!」
桂は笑顔でそう言うと窓から屋根瓦をつたって夜の闇へと消えていった。