第百八十幕
「半介様、谷鉄臣殿が面会を求めてお越しになられてますが、いかがいたしましょうか?」
「鉄臣が?良い、通せ。」
数分後に部屋に入ってきた鉄臣に向かい
「最近はどこを回っていたんだ?」
「江戸の方に行っておりました。宇津木殿からお手紙を預かりましたのでお持ちいたしました。」
「ふむ、兄上はお元気だったか?」
「慌ただしくされておられましたがお元気ではあったと思います。あと、言伝てですがその手紙の内容を私には伝えるなとも言っておられました。」
「何か重要な話か………」
「お願いがあります。」
「なんだ?」
「その内容を教えてください。あの人は何かを決意されたように私には見えました。あの人の身に何かがあってから知るのは嫌なのです。」
鉄臣の真剣な顔を見て、自分があちらだったらと思うと同じように言っただろう。でも、貞治様の望みも尊重しないといけない。悩んだ結果、
「お前の気持ちもわかる。だから、私が先に読み話しても大丈夫と判断できたら伝えよう。
だが、あの人がそれを望んでいなかった所を考えるなら伝えられない可能性の方が高い事は理解してくれ。」
「承知しました。」
ダメならそれで良いと最初から思っていたのだろう。
私は手紙を開いた。
『彦根藩内でのご活躍お喜び申し上げます。
直憲様の教育係という大役が実を結ぶ時もそう遠くはないでしょう。そしてその時に迎えるであろう彦根藩の窮地も今までのあなたか培ってきた経験や学びで乗り越えられるでしょう。
この期に及んで私の言いたい事は1つです。
もしも彦根藩の窮地に置いて責任をとらせねばならぬ事態になったなら迷わず私の首を切って下さい。
窮地にならないように最後まで諦めませんが私にできる事がすべてを救えるとは思っていません。
もしもの時に迅速に責任を押し付けてください。
私だけで足りぬ場合は長野主膳にも道連れになってもらいます。色々と無理をお願いしてきましたがこれを最後にさせてもらいます。また、この手紙をもって絶縁させていただきます。藩のため、あなたのためにも必要な事です。いきなりの手紙でこのような事を伝えるご無礼をお詫びします。また、この手紙を持たせた鉄臣も手紙の内容を知りたいと申し出るでしょうが伝えないで下さい。彼には彼の役割があり、私のために行動する事が彼の未来を潰してしまうかもしれない。何から何まで悪役をお願いしてしまい申し訳ありません。近々、直弼様に伴い帰藩しますが話しかけても来ないで下さい。
無礼なお願いばかりでしたが、半介や鉄臣が今後の彦根藩を導く存在であるからこそ必要になってくることです。私の覚悟を汲み取り、彦根藩の未来をお頼み申し上げます。』
「鉄臣、この手紙の内容は話せないし見せもできない。
1つ言える事はこれは絶縁状だったという事だけだ。
お前の言ったように覚悟を決められておられる。
この手紙の内容を伝えない事でお前に恨まれるかもしれない覚悟も今決めた。すまない。」
「半介殿が謝られる事ではありません。
何となくそんな気がしていましたので。」
鉄臣は頭を下げて部屋から出ていった。
彦根藩に起こる窮地、斬首でしか責任をとれないような何か。貞治様の身に何が起こりそうなるのか予想もできないが少なくとも私がこの願いを断る事がないことだけは確かだった。