第百七十六幕
「貞治様、次の者で最後です。」
「わかった、名は?」
「吉田松陰です。」
僕は部下からの報告を受けた。死刑になる者達に向けて僕の計画を話して周り、疑われながらも了承を得て回った。中には冗談だと決めつけて暴れた者もいたが、このまま死ぬくらいなら信じてみてはどうかと説いて回った。あえて最後にしたわけではないが吉田松陰が最後になってしまった。僕は部下に向かって
「すまないが、彼とは一対一で話したい。先に戻って休んでいてくれ。」
部下は何か言いかけたが飲み込んだようで
「承知しました、何かあれば大きな声でお呼びください。」
「悪いな。」
僕は一人で吉田松陰の前に立った。少し暴行を受けたような傷がある。僕らが来るまでのここの者達の扱いのひどさが目に見えるようだ。僕に気づいた松陰が
「おや、貞治殿ではないか!なぜこのような場所に?」
「松陰殿、これから真面目な話をします。
これはあくまで彦根藩士としてではなく、私個人の自己満足に基づくご提案です。」
「ちょうど良い。牢の中は暇だったんですよ。
今ならどんなジョークも笑い転げられるでしょう。」
「そうですか。
私は未来から来た転移者です。このままいけば吉田松陰は斬罪になります。ですが、直弼様にその意向はありません。貴方を殺したいのはきっと『歴史上、吉田松陰は処刑される』を守りたい人物によるものだと思います。
なので、私は殺される側の者達を救うためにあなた方の身代わりを用意してきました。
もちろん、貴方の身代わりも用意しています。
処刑をした事にして彦根に潜伏していただき、頃合いを見計らって解放します。もちろん、信じるも信じないも貴方次第ですが。」
「なるほど、貞治殿が転移者か。なら私をどうしても殺したいのは水戸の斉昭ですね。
あの人にはあれこれ因縁をつけられて困っていたんですよ。」
「信じるんですか?僕の言うことを?」
「転生者の私からするとこの時代の人間と現代の人間の違いくらいわかるつもりです。貞治殿はそうかもしれないくらいにしか思ってませんでしたけどね。」
「それで、どうされますか?
斉昭殿に殺されますか?それとも生きて新しい時代を見届けますか?」
「貞治殿はその気はないと仰られてるように聞こえましたが?」
「私は恩のある直弼様に従うのみです。もちろん、私は最善を尽くすつもりではありますが。」
「新しい時代か………。山縣君や伊藤君の政治手腕の観察もしたい。他にも私に医療知識があれば高杉君も救えたかもしれない。久坂君と妹の子供も見てみたかった。桂君は………勝手に何とでもするか。
皆がどんな風に新時代を掴むのか陰ながら見守るのも悪くはないですね。なんなら、維新がなった時にサプライズもありですね。ああ、諦めなければ私にはこんなにやりたい事があったのかと驚きですよ。
貴方になら任せても良いでしょう。
私の命、好きなようにご利用ください。」
松陰が牢の柵の間から手を伸ばす。僕はそれを強く握りしめて
「新時代があなたの良いものになることを願ってますよ。」
お互いに強く握手をして、詳細を説明して行動を開始した。僕の策の準備は完全に整っていった。あとは、処刑を上手くやることだけを残して。