第百七十一幕
「直弼様が窮地に立たされてる?」
未だに京都で通商条約についての理解を求めるために奔走していた長野主膳は驚いた。
まず1つに斉昭殿の助言を受けて直弼様の賛成派を幕閣で固めるようにと助言した。どうやら江戸にそれを止める者がいなかったようで、すんなりと承認されたようだ。ここまでは予定どおりと思っていた。だが、斉昭殿を含めた御三家のうちの二家が直弼様を批判するために不時登城を行い、更にその責任をとらせるために藩主のの隠居等を行わせたらしい。斉昭殿も謹慎を申し付けられたらしいし、これを機に反直弼様派の者達を厳しく取り締まっているらしい。しかも、それを主導しているのが直弼様ではなく、周りの私が推挙するべきだと伝えた大名達である事が問題だ。
このまま、直弼様の評判が下がり続ける事になれば、推挙を後押しした私にまで責が及ぶ可能性がある。
そもそも斉昭殿がなぜこんな暴挙に出たのか理解できない。通商条約については表立っては賛成を表明していなかったが、不時登城をしてまで抗議するほど反対でもなかったはずなのに。
公家の中にも条約の理解者は多くいた。岩倉殿に関してはアメリカとの関係を深めて対等な条約を結び直すためにも幕府の対応は間違っていないとまで言ってくれた。
天皇が怒っているだけで周囲はそこまで怒っていない。
これも今までの自分の成果だと自負している。
だが、ここに来て異国人が持ち込んだと思われるコロリと呼ばれる疫病で死者が増え続けていて、異国人を追い出せと主張する攘夷派が攻勢を強めてきている。
もしこのまま攘夷派が優勢になればコロリの事もあり開国した直弼様の評判、ひいてはその側近である私の評判が悪くなってしまう。
まったくあの異国かぶれの脇はいったい何をしていたんだと憤りを感じた。側近として江戸にいたくせに肝心な時に役に立っていないではないか。
公家に顔が利くという理由で京都に来たがそれも間違いだったかと思わざるを得なかった。
とにかく門徒に引き続き条約の必要性を説かせて、一度江戸に行かなければいけないと長野主膳は思った。