第百七十幕
「皆さん、落ち着きましょう。
そのような取り締まりを行えば、大名だけでなく市井の反発も招きます。
民をないがしろにして幕政を安定させる事などできはしないでしょう。大名方の意見も取り入れ不満を解消する事で対立関係をなくし正常な政治をしない事には外国に付け入られてしまいます。」
直弼は合議に参加している者達に向けて熱弁した。しかし、合議に参加している大名達にはまったく響いていないようだ。直弼批判を行う各藩の大名や藩士、外国の製品を理解できないからと取り扱っている商人を取り締まろうなどと馬鹿な事を言う者までいる。自分に対する批判は対話により解消していくしかない。自分がわからないからと優れた商品を認めなければ、日本の近代化は無し得ない。今は軍事だけでなく文化的な部分を1つでも多く学び進んだ技術を日本で生産・普及しなければいけない。何度説明してもどこ吹く風のこの者達は何を学んで人の上に立っているのかと言ってみたくなるが、それも意味のない事だと思うからこそ踏みとどまっている。
「まあまあ、井伊殿。そのように熱くなられるな。
何をするにも下準備が大事ですよ。
あなたの意見を尊重した政策をとるにもあなたの権威を明らかにしておかなければ実現する前に邪魔されますぞ?今は地盤固めですよ。先んじて厳しくしておけば萎縮してすぐにおとなしくなりますよ。」
この者はいったい何を言っているのだ?恐怖政治が上手くいった例など、どこの国の政治を見てもありはしないというのに。自分の藩さえ良ければそれで良いと言っているようにさえ聞こえる。直弼は合議を終えて藩屋敷にへとへとになりながら帰宅した。
「貞治を呼んでくれ」
従者に伝えると数分後には貞治がやって来た。
「いかがしましたか?」
「合議で大名や商人に対する取り締まりが決まってしまった。最後まで反対したが数とは暴力なのだなと実感したよ。」
「お疲れ様です。取り締まられた側の方々に少しでも便宜を図る手はずを整えましょう。できるだけ直弼様自らがその者達との交流を持たれるのも良いかもしれません。さとい者なら気づいてくれるでしょう。」
「本当にそうか?井伊の赤鬼が生易しい事を言うなとまで言われるような合議だぞ?ひっくり返すのも難しそうだ。」
「私もできる限りで噂は流して参ります。」
貞治は昔から側で支えてくれている。彼を元の時代に戻してやる手段は約30年一緒にいるのに検討もつかない。彼をこのまま私の運命に引き込んで良いのかと不安になる。折を見てしっかりとこの事も話してみなければいけない。
直弼の危惧した通り取り締まりへの反発は激しく更なる反感を持った者達が暴れまわるようになった。取り締まりも過剰になり、多くの者が捕まえられているとの情報もある。目まぐるしく変わる状況に直弼もついていけなくなっていた。