第百六十七幕
「貞治殿、もう1つよろしいでしょうか?」
宇津木殿の声で頭を上げると続けて
「直弼様の幕閣についての助言はされましたか?」
「いえ、私は何もしていません。何か気になる所でもありましたか?」
「直弼様に意見のできる方がいないのが気になります。
意見できる方がいないのは悪い事ではないかもしれませんが、組織を正すためには数人はいないと権力の暴走に繋がります。今の幕閣は直弼様に対する賛成者の集まりであり危ういのではないかと思います。何かお考えがありそうされているのかと……」
宇津木殿はあごに手を当て、考え込んだ。
僕も幕閣については特に何も言わなかった。直弼様の人を見る能力が高い事は知っていたし、ある程度イエスマンが占めるだろうと思っていたが、数人は反対意見を言える人間を入れるものだとも思っていた。そういえば幕閣人事を進めている時に直弼様が長野殿からの手紙を見ながら悩んでおられた時があった。もしかしたら長野殿が余計な事を言ったのかもしれない。実際はどうかわからないが確かに宇津木殿の言うように危うい。
『直弼様のため』という名目でなら、何をやっても大丈夫と考える者やイエスマンしかいない組織で行った事はすべて直弼様の考えで行われた事になってしまう可能性もある。そうなると直弼様のイメージを悪くする可能性が高まる。ここまで考えて僕は思い至ってしまった。
このままでは確実に安政の大獄が起こる。
避けたい事件ではあるが、僕が考えられる対策は斉昭殿に封殺される可能性の方が高い。あの人がもともとどんな人だったのかは知らないが歴史の知識は高校生の授業でただテストのために覚えれば良いと思って勉強していた僕よりは遥かにあるのだろう。
僕が岡本半介に頼んで進めていた計画はおそらく察知されていないだろう。もしもに向けてしっかりとでも、密かに進めていこうと思う。僕も考え込んでいるのを見て宇津木殿が
「貞治殿、今からでも直弼様に幕閣の見直しを提案しましょう。このままでは良くない事が起こる気しかしません。確かに大名方で構成されているので簡単ではないと思いますが……」
「そこが問題です。南紀、一橋で別れていたのに更に敵対する人を増やす事に繋がります。どちらに転んでも悪い結果にしかなりません。」
「では、どうされますか?」
「現在の幕閣の方たちにいさめる立場に回って頂けるようにお願いしたり、直弼様の意見にすべて賛成するのではなく国の事を考えてお立場を決めていただけるようにして貰うしかありません。」
「難しいですが、貞治殿の親交のある方々なら聞き入れて頂ける可能性もありますね。」
「それにかけるしかありませんね。」
僕はそう答えながら、安政の大獄が起こってしまった後の処理の方に重きを置くことにした。