第百六十六幕
「貞治殿、直弼様に対する反発はかなり過激になってきております。この状況をいかがされるおつもりなんですか?」
宇津木六之丞が僕に詰め寄ってきた。僕が直弼様に色々と入れ知恵している事をわかっている宇津木殿からすれば今回の違勅条約の責任は他の誰でもなく僕にあると言いたいのだろう。
「お待ちください。確かに調印が早まりましたがそれは避けられない事でした。問題にすべきは老中方が直弼様に断りもなく調印に関する書を飛脚に任せた事でしょう。これは早急に老中方に罰を与えねばなりません。
直弼様の威厳が保てなくなりますので。」
「それは……直弼様が暴君のようではありませんか。
ここは意見をまとめ幕府が足並みを揃えて朝廷を説き伏せる手段をこうずべきです。」
「宇津木殿の仰る事はわかりますが、私も長野殿も持てる知識を直弼様にお伝えしているだけです。
その知識をもとに直弼様がどのような判断をされるかは直弼様次第です。」
「なっ、それこそ暴論ではありませんか?
お二人の伝える知識に偏りがあれば、直弼様の結論にも偏りが出るに決まっているではないですか。」
「宇津木殿だから言わせて頂きますが、直弼様には敵がいて、その敵は私がどう動こうがかなわない相手です。
その敵が作る流れを変えることもできない私では直弼様の力になりきれません。」
「敵前逃亡ではありませんか?」
「いえ、流れに逆らえないなら乗りながら行き先を変えることにしたまでです。いくら敵が強くても作戦が上手く行ってると思えば油断が生まれます。そこで引っくり返す準備を進めてます。」
「その敵の排除を進めれば良いのではありませんか?」
「宇津木殿は御三家を排除できるとお思いですか?」
「相手は水戸という事ですか?」
「斉昭殿には私の知らない知識がある。だからこそ、私には勝てないんです。」
「それは………」
「私が直弼様を偏った道に導いていると宇津木殿に見えているなら、他の方にもそう見えているでしょう。
何かあれば私と長野殿の首を持って問題の幕引きを図ればいい。長野殿はどうか知りませんが私には覚悟ができてます。」
僕の真剣な目を見た宇津木殿は短い時間目を閉じてから、
「お覚悟受け取りました。その未来が来ないことを本気でお祈り致します。」
「ご迷惑をおかけします。」
僕はゆっくりと頭を下げた。