第百六十三幕
「松陰殿、あまりよくない状況です。それはご理解頂けてますか?」
「海防掛に相手にされてないのは理解してますよ。
ただ、ここで何もしないよりは良いですよ。
一部で流されている噂については、おそらく水戸の策略でしょう。ただ、井伊殿が過敏に反応された場合はよくない状況になるのは目に見えてます。」
「誰が流した噂であったとしても大老の批判をしているとなると厳しい罰が下される場合が予想されます。
井伊殿がどう反応されてもそれを取り巻く大名がほっておくとは思えませんよ?」
「そうでしょうね。斉昭はきっと大老批判を広めていくと思います。そうして、井伊殿の評判を落とす策略を練っているでしょう。」
「それに乗っかってる状況はどうされるんですか?」
「おそらく斉昭に対する知識も権力もない我々は対応できないでしょう。なら、身の潔白を訴え続けるしかないでしょう。後はなるようになりますよ。」
「条約に関する事はどうされるんですか?」
「諦めませんよ。海防掛に言っても無駄ならハリスに直接打診するしかないでしょう。確かに時期が遅すぎますがこの案ならハリスの顔を立てた上で日本にとっても良い状況にできると思います。
このまま条約締結に結びつければ日本は30年は遅れをとりますよ。」
「言いたいことはわかりますが、現状ではハリスとの接触は難しいですよ。アメリカの船も下田に行ったり色々してますし、交渉にハリスが出てくるかも怪しいですよ?」
「それは運ですね。そもそも、歴史を変えるのがそんなに簡単な事だとは思ってません。でも、やらなければ行けませんから。」
「あなたが未来を知っているという話を今さら疑いませんが無理をせずに権力を得てから変えていくというのもありだと思います。今は状況を静観すべきではありませんか?」
「歴史に背いて自分が権力を持ちたいんじゃないんです。間違った歴史は正すべきですよ。」
「まぁ、どんな結果になろうと我々はお供しますよ。」
一緒にいる男が諦めたような言い方をしたが、それもこの男の良いところなのだろう。
これまでの流れから斉昭は確実に安政の大獄に誘導しようとしている。だが、彦根藩には貞治殿がいる。あの方がいる以上は悪い結果にもならないような気がしてならなかった。