第百六十一幕
条約締結に向けての動きも活発化してきた。
その一番の要因は清(中国)がイギリスとフランスとの戦争に負けた事にある。
清に勝った2国がそのままの勢いで日本に向けて侵攻してきたり、武力を背景に不利な条約を押し付けて来る可能性が高まったためである。
これに一番先に反応したのがアメリカ駐在大使のハリスで他国に先に条約を結ばせる訳には行かないと焦りを見せていた。浦賀にアメリカの船で乗り入れて交渉を急がせようとした。実際にロシアからも船が来てイギリスとフランスの艦隊が来る前に条約を結んで、条約の基準を策定した方が良いと伝えてきた。
ハリスも何度も条約締結に向けた交渉を行ってきたが、朝廷からの勅許を得ることが未だにできていないので幕府側としてはこれを引き伸ばす事しかできなかった。
そんな中で直弼様も大変に悩んでおられた。
「なぁ、貞治。このまま条約締結は避けられない、それであっているな。」
「そうなります。」
「朝廷からの勅許は出るか?」
「おそらくは難しいでしょう。長野殿がまだ京都にいて説得に勤しんだ所で、幕府の重臣を向かわせて説得した所でハリスの求める期限までに勅許はでないものとお考えください。」
「私はどうすればいい?いっそ勅許を待たずに条約締結を進めた方がよいだろうか?」
「いえ、勅許を待つ姿勢を崩してはいけないと思います。おそらくは海防掛側から勅許を待たずに締結をしようと迫られると思います。直弼様がそこで直接許可を出すと責任をすべて直弼様がとらされる事になるでしょう。和親条約時の阿部殿のようになる可能性が高いです。」
「だが、交渉の現場に立つ者の気持ちもわからないわけではない。彼らの心労も考えると現場判断での調印も行われる可能性はあるだろう?」
「条約締結に関しては堀田殿も松平慶永殿も賛同されています。責任を彼らに負っていただく形をとるのがベストかと思います。」
「だが、私が許可しないのに暴走は起こるか?
松平殿や堀田殿からの報復も気になるぞ?」
「堀田殿に対する責任追及は勅許が取れなかった時点で家定様から行われています。将軍継嗣に絡めて条約締結の議論を停滞させた慶永殿も責を負うべきでしょう。
そして幕閣の一新を行いましょう。直弼様の信を置けるもので周囲をかためれば今後の改革も進めやすいかと思います。」
「‥‥‥‥貞治、それで本当に良いと思っているのか?」
「主君を守るが家臣の勤めでございます。」
「承知した。それではそのように対処する方向で検討しておこう。」
直弼様の言いたい事もわかる。でも、斉昭がいる以上は安政の大獄は起こる。きっとあの人は僕よりも歴史に詳しく裏から歴史的な出来事を引き起こす能力も持っている。僕が出きるのは直弼様の被害を減らす事だけという現実が自分の力不足を痛感させる。
歯がゆい思いを抱えながら僕は僕のできることをしようとより一層心に決めた。