第十六幕
「・・・・・というわけで、直弼様と貞治殿、直恭様は、直亮様が江戸に戻られるさいにご同行して頂く事になりました。」
西郷殿が僕達に説明を終えると大久保殿が
「あの、私は?」
西郷殿が気まずそうに
「それが直亮様にお伺いをしたところ、『好きにせよ』とのお達しです。来るなら来てもよいくらいの感じでした。」
大久保殿はショックを受けたのかそのまま黙ってしまった。
「直弼様と直恭様に関しましては、養子となる事が決まりましたら、二度と彦根には帰れないものと思い下さい。
どこの藩へ行くかもわかりませんので、ご友人等にはお別れを告げて頂く必要があると思われます。」
直恭が小さく「はい。」と言ったのに対して直弼様が聞いた。
「西郷殿、二人とも養子に出される事が決まっているのですか?」
「まだわかりませんが、そうなるかもしれませんしどちらかだけということもございます。
万が一に備えて準備をお願いします。」
西郷殿が退室していくと不満そうにブツブツ言いながら大久保殿も出ていった。直恭様が
「兄上、私の従者が失礼を致しました。
普段から貞治殿ばかり直亮様に引き立てられていると不満を漏らしており、今回ものけ者にされたのが気に食わなかったのだと思います。本当にすみません。」
そう言って頭を下げた。直弼様は
「まぁ、気にするな。
直亮様もあからさまにそのような態度をとられているし、何かお考えがあるのかも知れないしな。
大久保殿に普段からの行いを見直すべきだと伝えておいてくれ。
西郷殿に対する態度だけでも直亮様に伝われば評判を落とす事に繋がるだろうからとな。」
「承知致しました。
それではさっそく申して来ます。失礼します。」
直恭様も退室していくと直弼様が
「貞治、わざとだと思うか?」
「正直に申しますと、わざとだと思います。
養子に出すならば、年功序列で直弼様のみをお連れになれば良いのに直恭様も同時にとなれば、例えばどちらがご機嫌とりをしてくるか等で器を測られたり、この話を聞いた時の表情等で出世欲のようなものを見られたりしたのかもしれません。」
「なるほど、そのように思ったか。
その点で言うと私はご機嫌とりなど無意味だと思うし、出世するならば自分の才覚によってしたいと思うな。」
「そうですね、直弼様も直恭様もそのような欲はでていなかったと思います。やはり大久保殿だけが査定されていたのかもしれませんね。」
直弼様は少し表情が暗くなり
「部屋住みだから文句は言えんが、友と離れる事は寂しいな。」
と呟いた。
井伊直弼は養子にはならずに彦根藩藩主になり、幕府の大老になると僕は知っている。
だが、それを伝える事はできないので
「この時代に来る前に何かの本で読みましたよ。
人と人の出会いは一期一会なんだそうです。
その時の出会いを大切にするとかそんな感じの言葉でしたよ。」
「そうだな、今生の別れとなるとは限らないし出世して権力があれば友を呼び寄せたりもできるかも知れないしな。
そうとなれば、江戸行きの準備をしよう。
今まで以上に勉学にも励めるかもしれんし、何より江戸には一度行ってみたかったのだ。
その機会を貰えたと喜ぼう。」
直弼様は立ち上がり、色々な場所に挨拶するために出かけると言うので僕も準備をするために直弼様より先に退室した。