第百五十九幕
堀田正睦の外交努力により条約締結日は七月二十七日まで延期する事でハリスとの同意を得ることができた。
そんな中、四月二十七日に伊予国宇和島藩主の伊達宗城が彦根藩の上屋敷を訪れた。
伊達宗城は福井藩主松平春嶽、土佐藩主山内容堂、薩摩藩島津斉彬と合わせて『四賢候』と呼ばれている。その人物がせっぱ詰まった表情で訪れたので丁重に迎えていた。
「お忙しい中、お時間を頂きありがとうございます。」
「いえ、伊達殿からの御用であればぜひお伺いしたいですから。それでいかがされましたか?」
「条約の締結について、前回の阿部閣老は大名を集めて意見を確認して行かれました。確かに必要な事ですが時間もかかり何より有力な大名の方の意見に寄せてしまう事も見受けられました。
なので一枚の紙に連名にした方が良いと思うのですがどうでしょうか。」
「それは良いですね。幕府内で意見が割れてる様子を見せるわけにもいけませんからね。」
「それではその方向で進めましょう。後は朝廷への働きかけに関しては引き続き堀田正睦殿にお任せするべきだと私は思っておりますが直弼殿はいかがですか?」
「堀田殿は京都の事情もわきまえず、軽々しくそそっかしい振る舞いで失敗したのだから、その責任を取って罷免するのが当たり前ではないでしょうか?」
「直弼殿の仰りたい事もわかります。
ですが、罷免して勅許を得られるなら良いのですが、次の者が同じ轍を踏まないとも限りません。そうなるとかえって朝廷との関係が悪くなり、米国に対しても同様に関係者が代えれば交渉はますます困難になるでしょう。」
「確かにそうですね。では朝廷との交渉は引き続きお願いしましょう。」
「ご賛同頂きありがとうございます。
ちなみにもうひとつご意見を頂きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「将軍継嗣についてです。京都を始め諸大名が慶喜殿を推挙しております。こちらにもぜひご賛同頂きたい。」
「慶喜殿を推挙している方が多くおられるのは理解しております。しかし、家定様に血縁も近く、前将軍家慶の台慮からも紀伊慶福をおいて他に求むべき者もない。慶喜殿が優れた方であるが実父の水戸殿が怪しい人物でいかなる非望を企てるかもしれません。なので、私は慶喜殿を将軍にする事には賛同致しかねます。」
「そうですか。とりあえず条約についてご賛同頂けただけで十分にございます。お時間を頂きありがとうございました。」
宗城は深々と頭を下げて帰っていった。
「あれで良かったか?」
直弼様が裏で控えていた僕に聞いた。
「上々でございます。」
松平慶永殿が来るかと思っていたが、さすがに直接的に対立することは避けたのかと僕は思った。