第百五十七幕
「直弼様は今は誰と面会中だ?」
僕が聞く。直弼様の大老就任を受けて江戸の彦根藩屋敷はひっきりなしに祝意を伝える人達の訪問が続き、そのもてなしと管理で屋敷中がバタバタとしていた。僕も大名や幕府の重臣の方が来られた時はご挨拶と時間の繋ぎ役を行っていたため直弼様の面会相手の把握まで手が回っていなかった。
「現在は、松平忠固様です。貞治様に一度お通ししようとしたのですが急な要件があるとの事でそのまま直弼様の所に行かれました。」
「そうか。忠固様なら特に問題もないだろう。中立派や一橋派の者が来訪したさいは必ず私を通すように気を付けてくれ。」
「承知致しました。」
バタバタと走って行く者を見送りながら、改めて大老就任がとてもすごい事だなと感じると共に疲れるなとも思ってしまった。
僕の仕事が一息ついた所で僕に(・・・)来訪者が来た。
「お忙しい所、失礼いたします。
彦根藩士秋山善八郎でございます。」
「おお、善八郎!いつ江戸に?」
「つい先ほどです。この度の直弼様の大老就任まことにおめでとうございます。彦根への急報を受けまして祝意を伝える代表として来させていただきました。」
「そうか、それはご苦労だった。というか、その話し方は?」
「いや、一応は彦根藩士の代表としてしっかりとした方がよろしいかと思いまして……」
「直弼様に対してならわかるがなぜ僕にもそんな感じなんだ?」
「直弼様にやる前に一度練習しようと思ったんだ。
私は藩士ではあるが下級だからな。今回、選ばれたのも直弼様の旧友でありより親しい者が伝えに行った方が良いのではないかと岡本半介殿が仰ってくださったからです。」
「なるほど、半介殿の配慮か。」
「あっ、あと貞治に手紙を渡すように頼まれていた。これだ。」
僕は手紙を受け取り、内容を確認した。手紙には多賀大社の修復に関する木材の集まり具合やそれを行う者達が百人を超えた事が記されている。つまり、僕が依頼していた死刑囚百人を集めるというものが達成された事を知らせる手紙だった。
「なるほど、確かに受け取ったと半介殿にお伝えください。
木材は他の場所にも必要になるかもしれませんから引き続き集めて下さいとお伝えください。」
「承知しました。それで直弼様の面会はいつ頃になるだろうか?」
「昼間は来客でいっぱいだから夜にでも3人で酒でも飲みながらどうだ?堅苦しい挨拶もしなくて良くなるかもしれないぞ?」
「それが認められるならそれが一番いいな。
また時間が決まったら声をかけてくれ。」
「それでは少しの間ではありますが、ごゆっくりしてください。」
「皮肉か?まぁゆっくりはさせてもらうよ。」
善八郎は笑顔で僕の執務室から出ていった。
その夜、非公式に3人での飲み会は行われたのであった。