第百五十三幕
「江戸では将軍継嗣問題、京都では条約調印問題か……
なんと言うかうちの殿と貞治様、ついでに長野殿も大忙しだな。」
岡本半介は旧友の谷鉄臣を前に言った。
「直弼様については大老就任問題もあるようですよ。」
「いやはや、貞治様の言う事を疑うつもりはこれぽっちもないが実際に予言された事が現実になりつつあると嫌でも信じざるを得ないよな。」
「あの方がこの世を支配しようと思えばできたはずなのにそれをしない人だったからこそ、我々は心の底からあの方を尊敬できるわけですからね。」
「それもそうだな。武士は武力がすべてだった時代があり、今はその名残りやわだちを進んでいるに過ぎない。
もちろん今も武力は大事で外国勢力や反幕府派を押さえ込むためにも必要になっているが、私は今一番力を持っているのは刀や西洋式の最新銃でも大筒でもなく情報だと思うようになった。
知る事が知らぬ者にどれだけの差を与えるのかを考えれば知識があるだけで5年早く産まれたくらいの違いがあると思う。
本当につく師を間違えていなかったと心の底から思うよ。」
「同感です。医師として、政治家として私はあの方に習ったおかげで多くを学びましたから。」
「鉄臣、私は直憲様の後見となり色々としてきているがお前も何か貞治様に言われている事はあるか?」
「特にはなにもないですね。私は藩政からも一歩引いた立ち位置ですから、政治について何かを頼まれた事はないです。」
「そえか。死刑囚を多賀の山奥に住ませている理由について心当たりはあるか?」
「いいえ。ですが、それが貞治様が必要な事と言われるなら大きな目的があるのでしょう。そう言えば一目につかずに江戸から彦根まで進む経路はないかと聞かれたことならあります。
比較的にはなりますが人が多くなく関所などもない道があったのでお伝えはしましたが。」
「何かお考えがあるなら伝えて頂けると良いが、何か大きな責任のあることかもしれないな。藩主が大老になると忙しくなるだろうから色々と手伝ってくれると助かるのだが?」
「すみません、少し京都の方でやらなければいけない事がありまして。近々、彦根をたとうと思っております。」
「そうか、まぁお互い忙しいが貞治様のご期待に答えるために精進するとしよう。」
「そうですね。」
鉄臣は笑って同意した。