第百五十幕
京都二条家
長野主膳のもとに直弼から手紙が来た。内容は堀田正睦が京都に上京する前に朝廷の重臣に条約調印の根回しをしておくようにとの事だった。もうすでに動いていたが直弼の名前は出
してこなかったのでよりやりやすくなると主膳は感じた。
現在、滞在してい二条家は鎌倉時代中期に成立した藤原氏の嫡流で公家の家格の頂点に立った近衛家・一条家・九条家・鷹司家・二条家の五摂家の一つである。五摂家の中では序列が一番下とはいえ公家の中では上位に存在する家だ。左大臣の二条斉信、その子息で権大納言の斉敬に国学・和歌の面で気に入られているため他の五摂家との関係も繋いでもらえるだろう。
その思惑はあたり、九条家青侍で従六位下左近衛権大尉の島田正辰を紹介された。島田左近と呼ばれるこの男がかなりやり手で九条家からの信頼も厚かったために関白・九条尚忠との面会を繋いでくれた。
そして面会当日、九条尚忠の前で主膳は平伏した。尚忠はこの時61歳で2年前から鷹司正通に代わって関白を務めている。主膳はハリスとの交渉の経緯や諸大名の意見などを詳しく説明しこの条約の締結は致し方ない物であるとの説明を行った。そして、
「まもなく堀田老中が上洛して参り、勅許を頂くお願いをいたします。なにとぞよろしくお取りはからいくださいますようお願い申し上げます。主君直弼も殿下に支援賜るように伏してお願いいたしております。」
関白尚忠は、
「こちらで色々聞いているだけではよくわからなかったが、そこもとの説明によりアメリカの事や幕府の考え方もよく分かった。井伊殿は手紙のかわりに弁舌爽やかなそこもとを遣わしたというわけじゃな。さすがだ。」
「で、勅許の方はいかがでしょうか?」
「これは少し時間がかかるやもしれぬ。勅許の事は太閤の鷹司殿などの所に水戸からかなりうるさく言ってきておるようじゃ。それに一橋を将軍にともな。」
「そんな事までいっておりますか。」
「井伊殿もそこもともわし以外の公家の所によく説明されるがよろしかろう。」
「ありがとうございます。なにとぞよろしくお願い申し上げます。」
「それにしても和歌に達者な方と思っていたのに、また大変な役目をする事になりましたね。」
「恐れ入ります。これも主君直弼のひとえに国を思う志による所でございます。」
こうして関白九条尚忠と主膳との面会は主膳にとって最良の結果となった。